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望月の匂いのするベッドで目を覚ます。
隣に望月はいなかったけれど、味噌汁の匂いがして、朝食の準備をしてくれているんだとすぐにわかって身体を起こす。
「起こしちゃった?」
大橋が起きた気配を感じたのか、ワイシャツ姿の望月がベッドに近づいてくる。
「俺ら、あのまま寝ちゃったのか」
「うん。でも、まだ朝早いから大丈夫」
ベッドの脇にしゃがんだ望月は笑顔で大橋を見つめている。そういえば、望月と恋人になって、昨夜、ここで愛し合ったことを思い出す。となれば、自分たちの関係は一歩進んだことになると思っていいのだろうか。
「よかった」
「何が?」
「起きたら隣に大橋くんがいたから、夢じゃなかったんだって安心した」
「朝からかわいいな、俺の恋人は」
「こ、恋人!?」
目の前で、ぽんっと一気に顔を赤らんでいくのを見て、思わず顔が緩む。
「違うの?」
「違わない……けど、その、いいのかな。僕なんかで」
「おまえがいいんだよ」
思わずその頭に手を伸ばして引き寄せて、自分の胸に押し付ける。
今はこいつを守るためならなんだってしたい。そう思うくらい望月に夢中だ。
「あのね、僕が大橋くんを好きなのは事実だけど、大橋くんは今までと一緒でもいいんだよ」
「どういうこと?」
頭を撫でながら聞く。
「だって僕は、もともとみんなに優しい大橋くんのことを好きになったし、特別扱いしてくれなくても、僕を好きって言ってくれたあの言葉だけで、もう思い出して幸せになれるっていうか……うわっ」
話の途中だった望月の身体ごと、強引に押し倒した。
「大橋くん!?」
「あのな、もう俺が無理なの。俺には、こんなにかわいい恋人がいるってことを早くみんなに自慢したいし、望月のことも、もっと知りたい。ダメか?」
「ダメじゃない……。その、無理しなくていいからね」
「俺がしたいの」
顔を近づけると、望月はちゃんとキスに応じてくれる。昨日、たくさんキスをしたはずなのに、もっとしたい。すべての時間を望月と一緒にいたい。
今なら友達よりも何よりも、望月を優先したいと思う。そういえば、動画撮影があるから、と友達の誘いを断っていたことを思い出す。今までもちゃんと望月のことを最優先にしていた自分に気づいた。
「そうだ。小島におまえのこと、紹介しよう」
「え、なんで?」
「俺が嫉妬心むき出しにして、好きになる相手を見たいって言ってたから」
「嫉妬って……僕に?」
望月はまんまるの漆黒の瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「おまえが黒丸とのコラボを受け入れたの、マジで腹が立ったし、今ごろ撮影してるんだなぁって思ったら、何をしてても落ち着かなかった。思えば、あれって嫉妬だったんだなぁって」
「そんなの、僕だって嫌だったよ。たとえチャット越しだって、好きな人とするほうがいいもん」
「そう思ってたなら引き受けるなよ。撮影で勃たなかったらどうすんの、黒丸にも悪いだろ」
「笑ってた……」
「え、本当に勃たなかったのか?」
驚いて、腕の中の望月の顏をのぞきこもうとするが、恥ずかしいのか顏を逸らされた。
「その、いざ撮影が始まって黒丸さんにいやらしい言葉をかけられて、指示通り触ったんだけど、僕、全然応しなくて……その、何か他のこと考えてるでしょって言われて、撮影は結局、中止になったんだ」
「全然反応しない? いつもすぐに反応するくせに?」
望月はこくりと頷く。そんなことあるんだろうか。
「それは黒丸に謝らなきゃないけないな」
「うん」
「でも悪いけど、もうソウは引退な」
「それは、僕も、そのほうがいいと思った……」
「もう世界中の誰にも、おまえのあんな姿を見せたくない」
大橋は望月をまっすぐ見つめて言葉を続ける。
「毎日オナニーする暇ないくらいに、俺が相手すればいいだろ?」
「そ、それは……嬉しいかも」
てっきり恥ずかしがるのかと思ったら、望月は嬉しそうだった。まるで「抱っこ」をねだるように大橋に両手を伸ばしてくるので、身体をゆっくりと委ねる。恥ずかしがり屋のようで、こうして時々大胆なところは、まるで小悪魔だ。
沈まれ、俺の欲望、と大橋は自身に言い聞かせる。もう恋人なんだから、我慢しなくてもいいのか、いや、これから会社だし、と脳内で葛藤していた大橋だが「あっ、ご飯さめちゃう」とあっさりベッドを出て行った望月の、いつもと変わらないマイペースな天然ぶりに苦笑するしかなかった。
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