恩寵

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 旅人は、さらによく見ようと背を伸ばした。 は、どのような技を使ったのか、床に倒れた罪人たちは、もはや自らはピクリとも動かない。 力尽きた死人のように横たわっている。 幾人もの修道士たちが現れ、倒れたままの罪人達を次々と運び去っていく。 罪人たちは、目は開いていが、そこに意志の力は見られなかった。 手足も、首もだらりとして、引き摺られていくに任せて見えた。  「あれは、どういうことだ?何が起きたのだ?あの者達は死んでしまったのか?どこへ連れて行くのだ?」  「死んではいない。あの者達は、あらゆる人の罪、欲望から開放されたのだ。もう(おの)が欲のために人を傷付けることもなく、日々の糧を得るために他を犠牲にすることもない。現世に生きるがゆえの全ての罪を今、拭われた。彼等はこの後『清拭(せいしき)の堂』へと行き、旅立ちの時までをそこで過ごし、やがて『旅立ちの門』を(くぐ)って、神の御下(みもと)へと行くのだ」  男は、目を伏せたまま、訥々(とつとつ)と語った。  「どいうことだ?欲とはなんだ?何故あんなことになっている?神の御下(みもと)とは、死して後のことではないのか?」  旅人が狼狽(うろたえ)えながら呟くと、男は言った。  「そうだ。あの者達は、まだ死んではいない。だが、数日の内には死ぬだろう。食うことも、息をすることも、やがて忘れる。だが、苦しみはしない」  旅人は、驚いてもう一度、目前の光景に視線を移した。 すでに十数人もの人々の『原罪(げんざい)おとし』が行われた後だった。
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