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「あそこに病んだ者達がいるだろう。あの中に、私の父がいる」
「なんだって?!」
旅人は、身を乗り出したが、男はまったく動じるふうを見せなかった。
「父は、長らく腹の中に腫れ物を持っている。その腫れ物が大きくなり、ついには食事も取れなくなった。腫れ物は父の体を蝕みながら腐り、そして今は、父自身をも腐らせている。お前にその痛みがわかるか?だが父はここまで生きながらえた。妻である私の母との約束があったからだ。だがその約束も果たした。そして今日、漸く神の恩寵を受けることが出来るのだ」
「そんな…」
旅人は、言葉を詰まらせた。
その間にも堂内では、鈴の音と、人々が倒れていく音が途切れることなく続いていた。
傍らの男が、不意に背を伸ばし鈴の音とともに『祝福を!』と叫んだ。
原罪おとしの前に、他の病人たちと同様に跪く男の姿があった。
『あれが、この男の父親なのか?!』
旅人は、目を見開いてその男を見た。
跪いた男の耳に、息子の声が届いたのかは、分からない。
彼もまた他の者達と同様に、あっけなく倒れ伏し、修道士達によって運び出されていった。
旅人は信じられない心持ちで傍らの男を見た。
男は広間を見据えたまま、晴れ晴れと笑みを浮かべ『これで父も開放された』と言った。
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