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「ただいま……無垢?」
午後八時半を過ぎて帰宅したマンション、リビングの明かりは消えている。しかしメールで伝えてあったからか炊飯器では米が炊き上がって保温モードになっていた。無垢は今日も夜遊びか、一緒に夕飯を食べるつもりで米を炊いてもらっていたのに。何時に帰ってくるのか知らないが、先日決めた午後八時の門限は守ってほしい、彼はまだ十六歳なのだから。
「十六か……」
そう思って自分の十六の頃を思い出せば、可愛げのない子供だったのは間違いない。誰にも心を開かずに、一人部屋にこもっていることが多かった。
そんなある日私に突然弟が出来た、向島の家の遠縁の子供だと言う。思えば父母は血の繋がりのない子供引き取って、自分の子供のように愛する。しつけは厳しかったが、なんと愛情に溢れた人々だったのだろうか。
当時六歳の突然現れた弟は、戸惑いながらも何かと私の後についてくる。ろくに文字も書けずに泣いてばかりいた無垢がかつて育児放棄をされていた子供だったと言うのは、二十歳を過ぎた頃母に聞いた。そのためか今でも無垢は幼い頃の話をすることはなくその辺りの感情は私もわからないことはないが……。
戸惑いながらも私は幼い無垢に文字の読み方から書き方までをその手とり足とり教えたのを覚えている。あの頃の私は子供が苦手で、泣きわめく無垢にどうしたら良いのかと呆然としたのも今では良い思い出だ。
その時玄関の扉が開いた、そこには派手な服装をした無垢が立っている。
「無垢、一体何時だと……」
「……」
無垢は何も言わないまま、自分の部屋に入って行く。
「おい、夕飯は食べないのか?」
「……今夜はもう寝る。めんどい」
「無垢」
何をしているのかは知らないが、懐っこかった無垢はすっかり自分の世界を持ってしまった。いつまでも保護者にべったりでは困るが、これはこれで寂しいものだし道徳に反することをしていたらそれこそ止めなければ。
「おい、無垢」
数度のノックと声をかけた。しかし、扉の向こうからは返事が返ってくることはなく、廊下の端には未だ散らかしたままのダンボールが重なっていた。
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