難しい年頃

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 早朝、五時に目覚まし時計が鳴る。就職以来すっかり朝型になった生活に寝ぼけた顔を洗って洗濯機を回して無垢の分も弁当を作る。昨日の米が残っていたからあとはあるものと玉子焼きでも焼こうか。この街の高校に就職が決まってからは自炊を出来るだけするようにしていた。実家ではすっかり母に任せていた炊事洗濯の手間を知り、最近では何かと学校の仕事で忙しかった。それにしても無垢、最近のこの関係はあまり良いものではない。この弁当だけがお互いのコミュニケーションのようなものかもしれないと。それを考えれば、弁当を手抜きするわけにはいかないのだ。無垢がまだ用意された弁当を食べてくれるうちは。  弁当が終わり洗濯ものを干していたら無垢がようやく起き出した。その不機嫌な顔は夜更かししたのか、目が合えばしばらく黙って、ため息。 「おはよう、無垢。朝食は洗濯物が終わってからだ、先に着替えてしまいなさい」 「……」 「食パン何枚食べる?」 「……一枚」  そして無垢は寝癖の髪を整えるのか、ドライヤーを持って洗面所に歩いて行った。私はその猫背を目で追いながらワイシャツをハンガーに掛けて干して行く。 「無垢、今週末こそダンボールの山を片付けてしまないといけないな」 「えー……だるい」 「だるいも何も元はと言えば自分で持ち込んだ荷物じゃないか。青海先生も遊びに来るそうだよ」 「げっなんで、青海……最悪」 「呼び捨てにしない、青海先生」  いつの間にか一緒にブラックコーヒーまで飲むようになった無垢は長いまつ毛で瞬きをして、伸びた髪をくるくるといじる。これで染髪までしたら校則違反だが、無垢の髪が幼い頃から元々色素が薄い亜麻色だったのを私は今でも覚えている。白い肌ときらきら光る髪の毛をなびかせてはしゃぐ無垢を連れてよく実家近くの公園まで遊びに連れて行ったものだ。 「髪、まだ切らないのか」 「別に、今時耳を出せとかうるさく言われる筋合いはないね。校則違反じゃないんでしょ?」 「違反じゃなくても……」 「この前電車で痴漢にあっちゃった。俺のこと女と間違えたみたい」 「……む、無垢、それは」 「別に俺は気にしてないけどね?」 「危ないことをするなと言っているじゃないか!」 「俺が痴漢したわけじゃないし、ごちそうさまぁ」  そして無垢は包んであった弁当を抱えて部屋に戻り、制服の上着を羽織って私を待つでもなく家を飛び出して行った。全く、どうしてあの子はあんなに危なっかしいのか。これでは今は亡き両親に顔向け出来ないし、私は心配で胃がおかしくなりそうだった。
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