難しい年頃

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 痴漢は速やかに警察に引き渡し、青海を見送って私と無垢は通勤ラッシュの過ぎた駅のベンチに座っていた。午前九時を過ぎて授業はもう始まっている。 「良いの、先生が遅刻なんかして」 「事がことだけに仕方ないだろう、連絡は入れた。それより怪我はないか?」 「触ってきてちょっと気持ち悪かっただけだよ、別に通報までしなくても良かったのに」 「無垢、お前は被害にあったんだよ。心配するだろう」 「誰が?」 「私がだよ」  無垢はぽかんとした顔をして、しばらくするときまりの悪そうな少し照れたような顔をした。以前よりもその表情は豊かになっていて、久しぶりに無垢の素顔を見た気がする。 「……でも砂和さんはみんなの先生じゃん」 「無垢?」 「なんでもない!」    それきり無垢はそっぽを向いてしまった。亜麻色の髪、そっと触れたらどこの整髪料を使っているのか、花の香りのような良い匂いがする。 「切りなさい、またこんな事があったら困るから。さっきも言った通り私は心配しているんだよ、都会は人も多いし変な者も多いからね。散髪屋に行くのが嫌なら昔のように私が切ってやろうか?」 「砂和さんが切ると前髪が斜めになるから嫌だ」 「だってお前が昔は散髪が怖いって泣いていたから」 「もう泣かない! ……わかったよ、切るから」 「無垢」  よく見てみればどこか赤く照れた頬をして、無垢は私の目を見てため息をつく。 「あのさ、そんな心配ばかりして、疲れない?」 「疲れるから、言うことを聞いてくれると助かるんだけどね」 「それは先生としての意見?」 「……保護者だからだよ。お前を見守っているんだ」  間も無く学校へ向かう一番線に電車が到着する。無垢はベンチから立ち上がって伸びをして、私の顔を見て少し笑った。 「白髪増えるよ」 「何、私の髪には白髪が混じっているのか?」 「見えないところにね」  その事実にショックを受けて、到着した下車して来た乗客とぶつかる。無垢は私の手を引いて、笑いながら乗り込んだ。 「もう嘘だってば。でも砂和さん俺のこと気にし過ぎだよ。今でも母さんみたいなのは変わらないんだな」 「む、無垢……!」  車内は通勤時間とは違ってなんとものどかな風景だった。学校まではあと二駅、無垢と隣り合って空いた席に座ればまるで幼い子のように無垢は窓の外を見る。実家にいた頃は電車が好きで、良く乗りたがっていた子供だった。 「鞄傾けるなよ、弁当が崩れる」 「はぁい」  車窓からのぞく四月の空は快晴、私の隣の無垢の横顔は昔よりだいぶ大人びていて、いまではそれが眩くて仕方なかった。
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