写真

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 ふた月目も無駄に終わった。  雑用係でもやらせてくれれば、自分の存在価値がいくらか感じられたかもしれない。昭三さんはカメラのメンテナンスから、新幹線のチケットまで、自分のことは何もかも一人でやってしまう。  来月は何を撮るべきか、そのヒントはないかと願って、原点の写真を棚から抜き取った。  仲間が勝利に喜ぶ中で、一人だけ出場機会を与えられない処遇に不貞腐れている写真、選手もこんな場面を撮られたと知ったら嫌な気持ちになるだろう。  最低な写真だ。原点というよりも底辺だな。  やっぱり、昭三さんのように、選手が喜んでくれる写真が撮りたい、、、撮りたい。無意識に沸いた感情だった。  俺は無駄と切り捨てた2ヶ月間の写真を見直した。撮りたい、、、その感情を写した写真はないかと探った。1万枚に及ぶデータにはなかった。ただ、その中で順風満帆なはずの一ノ瀬の表情に違和感を感じた写真4枚を見つけた。  いずれも一ノ瀬の顔に寄った写真で、おそらく自陣のゴールを見つめている。無表情の中に苛立ちを感じ取った。それがどのシーンだったか思い出せなくて、データに残された時刻を頼りに試合映像を見直した。  失点したわけでもなく、映像には相方のDFがアップで映された。それは一ノ瀬が失点に関与していない証拠、昭三さんに見せればわかるかもしれないけど、それだけはしたくなかった。教えてもらうのではなく、見つけ出したかった。  スマホから中村の名前を探した。映画学校時代の友達で、映像カメラマン志望でありながら、学生時代に自ら企画したドキュメンタリー作品で賞を獲得し、卒業前にプロカメラマンになった男だった。静止画と動画の違いがあれど、リアルな人間を日々撮り続けている。一ノ瀬の無表情の中に苛立ちを感じた自分の感性を確かめたかった。 「わからないな」 「そうか、、、」  電話越しの声に勝手に期待し、落胆した。 「これ以外の写真も見たいな」  中村は1万枚近く撮り貯めた写真を見るために、わざわざ事務所まで来てくれた。 「やっぱりわからないな」  中村は俺が違和感を抱いた4枚と別の顔に寄った写真をパソコン画面に並べて見比べていた。 「苛立ってるって感じたのは、俺の思い過ごしかな」 「それもわからないんだけど、一番疑問なのは、この4枚とそれ以外の違いがわからない」 「やっぱり、俺の思い過ごしか、、、」 「いや、これだけ撮り続けたお前にしかわからないのかもね、、、それにしても、スゲーな」 「何が?」 「ひとりの人間だけをこれだけ撮るって、もう変態だよ」 「これは指示されて」 「良い意味で言ったんだよ。でも指示されたのか、、、なるほどな」 「なんだよ?」  俺は突っかかるように問いかけた。写真を見つめる中村の顔色に失望が見えて、底の浅さを見抜かれた気がした。藁にもすがる思いで電話をしたのは俺なのに、1円の価値もないプライドを守りたかった。中村と疎遠になったのは、俺の方から避けたからだ。学生時代から賞を獲った才能に嫉妬していた。 「一ノ瀬ってどんな人?」 「身長が190あるわりに、足が速くて、テクニックもDFとは思えないほど上手い選手だよ」 「いや、サッカー選手としてじゃなくて、人としてどうなのかなって、、、、俺はサッカーが好きなわけじゃないからさ。お前もそうだろ?」 「わかるの?」 「写真を見れば」  サッカーのカメラマンなのだから豪快なシュートやスルーパスなど、試合を決定付ける瞬間を最高の画角で切り取ることが、良い写真の定義だと思っていた。間違ってはいないとしても、やっぱり良い写真の根底には愛情が全てなのだ。 「もし興味のない人間を撮ることになったら、中村だったらどうする?」 「興味が出る一面が見つかるまで撮り続ける」 「もし見つからなかったら?」 「見つからなかったことがないから」 「それって才能?」 「いや、根性かな。絶対成功したいからさ。俺はチビでデブだから、、、」  中村は専門学校で苛められていた。過去のSNSから苛められていたことがバレたことが発端だった。苛め自体は小学校入学と同時に始まったらしく、他人を恨むには十分な環境で育った。そんな中村がドキュメンタリーを撮り続けて評価されている。 「何でそんなに愛せるの?」  「愛? 、、、仕事のこと? だって人って面白いじゃん」  俺は練習場に足を運んだ。週に多くても2試合しかない公式戦だけでは足りなかった。クラブハウスに一番乗りして、昭三さんを真似て、とにかく選手からスタッフ、誰だかわからない人にまで挨拶した。昭三さんのように会話に発展はしなくても、プレー以外で選手との接点を持ちたかった。サッカーに興味がなくても、中村のように人に興味を見いだしたかった。  練習場にカメラを持ち込んで、試合と同じようにゴール裏からレンズを向けた。何ヵ月だって粘る覚悟で、あの4枚と同じ一ノ瀬の表情を求めた。それがまさか初日に目撃するとは、、、驚きでシャッターを押し忘れた。それでもチャンスは何度も続いた。  試合形式の練習で共通点は失点の直後、一ノ瀬が直接的関与していないときだった。天を仰いで首に筋が浮かぶほど、歯を食い縛っている。練習中だからこそリアクションがオーバーなのだ。隠す必要がないのだ。  やっぱりあの表情は怒りだ。味方に対してではなく、自分に怒っている。まるで失点の原因が自分のような、、、俺のサッカーの知識では答えにたどり着けなかった。  一ノ瀬の出演番組やインタビュー記事に目を通した。順風満帆の経歴と輝く未来しか読み取れず、戦術本やDF論を読み漁っても無駄だった。お手上げだ、そう思いながらギメス青梅のホームページを眺めた。  一ノ瀬のプロフィール、質問の項目で一ノ瀬が手本とする選手を答えていた。岩下圭吾、元日本代表で34歳のベテランDFだった。YouTubeで動画で岩下のドキュメンタリーを見つけた。  挫折から脱却するまでの苦悩が描かれている。岩下は高い身体能力を生かして、ボールフォルダーに飛びかかるように奪いに行ける選手だった。奪えればカウンターのチャンスになるが、抜かれたり、自分が動き出したことで空いたスペースを使われた場合に大ピンチになる欠点があった。  改善策は行くべき時と、待つべき時の状況判断を身につけることだった。  俺は立ち上がった。これこそが一ノ瀬の苦悩だと確信した。もし一ノ瀬が待つ守備の状況判断を会得したなら、その瞬間を撮れたなら、俺だけの切り口になる。体の奥底に昂る熱を感じた。
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