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第219話 空中戦『ウルタールの神官』
美しい神殿の門を通り抜けると、荘厳な庭園と噴水や小川が流れているのが見えた。
なんと落ち着くリラックスできる空間だろうか……。
すると、向こうから歯を見せてニヤニヤ笑う不思議な猫チェシャと、神獣猫ミシビシュがやってきた。
どうやら、神官アタル様の使いでオレたちを神殿内部へ案内してくれるようだ。
「ニヤニヤ……。よく来やがったニャ! アタル様がお待ちだ。」
チェシャがそう猫語で言った。
「ふむ。アタル様のもとへ案内を頼むにゃ。」
アテナさんが猫語で答えた。
ええ!?
アテナさんも猫語が話せるのか!?
オレが不思議そうな顔をしたのを察したのか、アテナさんがこちらを振り向いて説明をしてくれた。
「ああ。ジン殿。精神魔法レベル6の翻訳魔法『汝が友』をさきほど、私たちのパーティーにかけておいたのだ。卿にばかり手間をかけるのもいささか気がひけるのでな。」
「そうだったんですか! 翻訳魔法……か。なるほど。」
「ヘルシングさん。ジョナサン、私たちもそうしましょう!」
「うむ。頼む。ミナ!」
『夢になずみて眠る愛兒(いとしご)、てる日に風に 鳥ぞなが侶(とも)! 光明(ひかり)かくろひ、風吹きさりて、鳥は野ずゑの森へかへりぬ!』
ミナさんが『ヴァンパイア・ハンターズ』のみんなに翻訳魔法をかける。
「にゃにゃ! 我らの言葉を理解しようとするその謙虚な態度……。感謝する。」
神獣猫ミシビシュが礼を述べた。
神殿の広間に入ると、そこは荘厳な雰囲気の聖廟だった。
真ん中に一人の神官が立っており、そのやや後方に明らかに猫っぽい顔をした胸がめちゃくちゃ大きな女性の姿があった。
その手にシストラムという楽器(子供をあやすガラガラのような楽器)、盾、籠を持っている。
そして、神官の隣には、その白くて長いあごひげが立派な老将軍猫が堂々と立っている。
あれが噂の老いた将軍猫にゃんどるふさんだろう……。
オレはかの『三国志』の黄忠という老将の姿を思い出した。
そして、神官アタル様がこの街の統治者なんだろうな。
じゃあ、後ろの猫の女性はいったい……?
「よく参られた。『法国』のアテナ様、Sランク冒険者のヘルシング殿、それに……同じくSランク冒険者ジン殿……であるな?」
神官アタル様が言葉を発した。
「はい。アタル様もお変わり無く……。」
「アタル様。助太刀に来たぜ!」
「よ……よろしくお願いします!」
アテナさん、ヘルシングさんの後に続いてオレも返事をし、一同はアタル様の前に出た。
「戦況は聞いている……。『トゥオネラ』の街が吸血鬼どもの手に落ちたらしいな……。」
「そのとおりでございます。」
「ふぅ……む。たしかに『トゥオネラ』のトゥオニ王とは連絡がつかなくなっている……。」
するとそこで神官アタル様の後ろにいた猫の頭の女性が言葉を発した。
「妾(わらわ)の名はバステト。この地ではバーストと呼ばれているのにゃ! それにしても妾の感知よりも早く『トゥオネラ』の状況がなぜわかったのにゃ!?」
あ……、猫なのね。彼女(?)も猫語をしゃべっているわ……。
「恐れながら……。ワタクシはアイと申します。それはワタクシの情報でございますわ。バステト様。」
アイが少し後ろから、一歩前に出て、発言をした。
「ほお? そなたは……?」
にゃんどるふ将軍がアイを見て、質問をしてきた。
すると、アイの後ろにいたネコタマコ先生が前にずずいと出てきて、答えた。
「にゃんどるふ! 久しぶりにゃ! こちらにおわすは、ジンさんの奥方・アイ様にあらせられるにゃぞ!」
ネコタマコ先生……!?
あ……、アイのやつ……、ネコタマコ先生をすでに『マタタビ酒』で買収していたのか!?
アイが満足そうにネコタマコ先生にアイコンタクトしている。
……いや、アイだからアイコンタクトとかいう、しゃれじゃないからね?
「タ……タマコ!? にゃんと!? この街をオマエが去ってわしがどれほどオマエを探したか……。戻ってきてくれたのかにゃ!?」
にゃんどるふ将軍の険しかった顔が、急にほころんで見えた。
「ふん! そんにゃことはどうでもいいにゃ! 今は、アイ様のもたらした情報が重大にゃ!」
「おお……。ネコタマコ……。懐かしいの。息災であったか?」
「はいにゃ! アタル様!」
うん。やっぱネコタマコ先生は神官アタル様とも知り合いのようだな……。
「そ……、それにしても猫女神バースト様がおいでなさっていたとは! やはり、バースト様はこの『ウルタール』をお見捨てにならなかったのにゃ!」
「しかし……、すまんにゃ。本来なら『地底国』の軍勢で援軍に来るべきところを……。息子のマヘスを連れてくるだけで精一杯であったにゃ。許せ……。」
猫女神様がその胸を揺らしながらすまなそうに詫びた。
「そんにゃ!? バースト様が来てくれただけで……ありがたいことにゃ!」
にゃんどるふ将軍もネコタマコ先生もうやうやしく言った。
ネコタマコ先生もいろいろあったんだなぁ……。
「おほん……。話をもとに戻すぞ。ジン……と申したな。そなたとアイのもたらした『トゥオネラ』陥落の報はわかった。そして、この『ウルタール』が危機に面しているということが明らかとなった!」
神官アタル様がそう発言をし、周囲に大きなどよめきが起きた。
まわりを見るといつの間にか、無数の猫たちと人々が集まってきていたのだ。
やはり、この街は猫の街と呼ばれるだけのことはあるな。
「おお……! すぐにでも『不死国』の軍勢が攻めてくるぞ!?」
「いや! かの犯罪都市『ダイラス=リーン』の『ハン・グレムリン』……、ハングレ連中が襲ってくるぞ!?」
「森の『ズーグ族』がこの機に乗じて攻めてくるのでは……!?」
「土星猫・サターンキャットたちも黙っちゃおるまいて!?」
周囲の猫たちや人々がざわめき出した。
「ええーい! 静粛に! 亡き賢人バルザイ様がこのようにうろたえた姿を見たら嘆かれるじゃろうて……。」
神官アタル様がそう言うと、みなが黙り込んだ。
うん……。賢人バルザイさんってよっぽどすごい方だったんだな……。
しかし、誰だそれ?
だぁれも説明してくれないんだから、まったくわからないわ!
「皆の者! うろたえるな! 『法国』がついている。無法者たちの襲撃など……、『法』のもとに守護してみせよう! アテナの名のもとに!」
アテナさんがみなに振り返り、大きく威厳のある声でそう宣言した。
さすがはアテナさん。
みんながその後、大歓声をあげたのだ。
にゃーにゃー言ってるだけにしか聞こえなかったけど……。
「「アテナ様! ばんざいにゃー!」」
「「アテニャ様ぁーーーっ!!」」
しかし……、賢人バルザイはともかく、さらっと『ダイラス=リーン』のハングレ(?)連中だけでなく、ズーグ族や土星猫(?)などもこの周囲に驚異として存在するようだな……。
しかもすべて敵にまわりそうだと言う。
『ウシュマル』も心配だが、先に『ウルタール』に来たのは正解だったようだ。
だが、この時、オレは知らなかったのだ。
『ウルタール』の街に危機が迫っていることもそうだが、『ウシュマル』の街を包囲していた『エルフ国』の軍勢が……。
すべて敗走したことを……。
それも、たった一人の吸血鬼を相手にして……。
~続く~
©「汝が友」(曲:E.SZENTIRMAY(ハンガリー民謡)/詞:近藤朔風)
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