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こんなところに、ご先祖様の写真を置いたりするものだろうか?
用を足している間中、ありもしないはずの視線が首筋をチリチリと苛んだ。内気な娘の神経を摩耗するには十分だった。
私は何故か、病院から途中登校した日のことを思い出していた。
すでに始まっている授業に“闖入”する勇気が出せず、たまたま通りかかった先生に助け舟を出されるまで、廊下で二の足を踏み続けたあの日。
だめだ、やっぱり帰ろう。
水を流し、立ち上がろうとしたその時。地震がおこった。
小物を落とすには十分な揺れだった。たとえば、便器のタンクに置かれた写真立てなんかを。
ガラスの割れる、嫌な音が響いた。音は地震への恐怖を、X子の家に来てから漠然と感じていた負荷を増幅させた。
すでにパニックに陥りかけていた私は、慌てて拾い上げた写真を見てのけぞった。
そこに映っていたものは、人間ではなかった。
うつろな眼、無表情な口元。そしてあの、触れれば生気を抜き取られそうな、冷たい肌の色──禿頭の男性に見えたそれは、マネキン人形だったのだ。
声を上げることも出来ず、手を洗うことも忘れ、私は洗面所を飛び出した。
もしも写真と遭遇したのがあの家でさえなかったら、地震がおこらなかったら、ガラスが割れなかったら。私はあれほどの恐慌に陥らずに済んだかもしれない。
理科室の掃除中、人体模型と予期せぬ対面をした時以来の──あるいはその時以上の──恐怖に、私は完全にとらわれてしまっていた。
玄関脇にランドセルを置いていたのは、僥倖としか言いようがない。
ドアノブに手をかけた時、背後から声がした。
──帰っちゃうの?
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