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食べられるだけ食べた後、体は水を欲した。
歩き回った後である上、何より、口の中に団栗のエグみを残したまま寝るのはさすがに憚れる。
水はすでに見当がついている。先程通った道の脇から下の川に行けそうだったのだ。道を戻り、場所を探す。
読みは、当たっていた。
橋の隅には僅かに獣道のようなものが出来ていた。叢を掻き分け、下りていく。額に当たる雑草は昨日の雨のせいか、水を孕み、仄かに私を湿らす。気づけば目前に横たわっていた小川に心を奪われた。
・・・美しい。
壮麗たるほどに澄んだ清流は、夏の空気を吸い、伸びやかに、それでいて軽やかに岩肌を撫でつつ下っている。源氏蛍は冷涼な空気のなかを泳ぎ、鮠は温もりある水のなかを飛ぶ。
まさに桃源郷と呼ぶに相応しいものだった。
思惑通りにいき、私は欣然と飛び跳ねたい衝動に駆られていたが、脆弱なその着想も、風光明媚な景色の前に露として消えた。
月と、枝が、水面に描く光陰は墨汁を彩り、波紋を煌めかせている。私の心に一縷の希望が湧いたような気がした。
帰り道、私はとても上機嫌だった。
喉が潤い、少しの余裕が生まれていた。地形の枠を気ままに流れる、あの渓流の持つなにかに、憧れを感じたのだ。
私は山道に仰向けになる。夏の日差しが温めたアスファルトは生物の温度にも感じられた。
風が気持ちよく吹く度、木々の声が近くを木霊する。
気づけば自然と眠くなっていた。
空に覆い被さっていた雲は逃げるつきをようやく捕まえ、空一面を靄で包んだ。
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