エンゲージ

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彼女に、指輪を渡せなかった。 自業自得の結末だ。 給料3ヶ月とちょっとの、小さくて華奢な、シンプルな指輪 彼女の左手の薬指で、眩しく輝くはずだった指輪 でも、もう、輝く事はない 輝きを失った指輪 何度も捨てようとした。 でも、出来たかった。 俺は、指輪の為に、彼女の想いを売ったんだ。 彼女との、大切な時間を売ったんだ。 それでも、、、 カードを使いたくなかった。 彼女への想いを、カードで買いたくなかった。 出逢って、付き合って、一緒に居たいと思った。 指輪を買おうと決めたとき、俺は決めた。 指輪を買うために、貯金をしようと、、、 彼女の笑顔の為に、貯金をしようと、、、 でも、その為に、会う回数を減らした。 昼食や飲み会を減らした。 でも、 彼女の笑顔を早く見たくて、、、 彼女を喜ばせたくて、、、 デートの費用を、貯金に回した。 その間、彼女を悲しませていることに、気づきもしないで、、、 俺は、指輪を買うことしか、考えていなかった。 1年の日々は、ふたりの間に、距離を作るには十分の時間だった。 指輪を手にしたときには、彼女の気持ちは、俺にはなかった。 そして、あの日 彼女を泣かせた。 俺は、レストランを予約して、彼女を食事に誘った。 そして、彼女を泣かせた。 「ねぇ、大事な話があるの。」 彼女は、戸惑いながら、切り出した。 「俺も、大事な話があるんだ。」 そう言った、俺の顔は、きっとにやけていたのだろう。 「真剣な話だから、真面目に聞いて。」 俺は、彼女にさとされた。 そして、彼女は話始めた。 「ごめんね。私、、、」 彼女は涙ぐんだ。 「どうしたの、なんかあった?」 俺は、彼女の様子で、妊娠したのではと思った。 もちろん、俺の子をだ。 「妊娠してるの。」 やっぱり。 彼女の言葉に、俺は指輪を握りしめた。 そして、 「待たせて、ごめん。」 指輪を出そうとしたとき、、、 「あなた以外の人の子供を、妊娠してるの。」 俺は、指輪を出せなくなった。 ただ、黙ってうつむいた。 「私、婚約したの。 だから、終わりにしてください。」 彼女は、泣きながら、頭をさげた。 「なんで、そんなことに?」 俺は、怒りに震えていた。 「誰なんだよ!!」 俺の口からは、ありきたりな言葉しか出てこなかった。 1年間、俺はなんのために、誰のために、我慢してきたんだよ!! そんなことで、俺の頭の中はいっぱいになっていた。 「だって、、、」 彼女は語り出した。 泣きながら、辛そうに、寂しそうに、、、 そして、俺のせいだと思い知らされた。 俺が、会う回数を減らしたのが原因だった。 彼女の相手は、よりによって、俺の親友だった。 俺の浮気を疑った彼女が、親友に相談をし、そのうちに、付き合うようになったようだ。 そう言えば、あいつから、何度か電話で説教されたっけ、、、 あいつに、指輪の事を話していたら、なにか変わっていたのだろうか、、、 わからん。 もう、後戻りは出来ない。 それは、変わらない。 「冷めないうちに、食べよう。 そして、食べ終わったら、全て終わり。」 泣いている彼女にかけたのは、どうしようもないほどありきたりな強がりだった。 その言葉を搾り出しながら、俺は指輪を握りしめて、涙をこらえた。 食事が終わり、彼女と別れたあと、ふと見上げた空には、大きな満月があった。 俺は、何をしていたのだろう。 結局、彼女は他の男と婚約したのだ。 それでも、彼女を攻める気にはなれなかった。
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