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お医者の洋館と医院の前に一方通行の道路があって、その向かいには民家を改装した小さな調剤薬局がある。
その薬局の隣、位置的にお医者さんちの真向かいは、ピアノの先生の家だった。
ここは三角屋根の現代的な家で、カナメモチの木の生垣に囲まれ、門のところに音符で縁取られたピアノ教室の看板がかけられていた。
たまに保護者に連れられた幼い子供たちが出入りしているが、防音設備があるのか、ピアノの音は一切聞こえてはこない。看板がなかったら、全く普通の住宅だった。
お医者さんちの洋館の塀に乗っかっている猫たちが、しばしばそのピアノの先生の家の生垣に潜んでいることに、やがて私は気がついた。
生垣に近づくと、カナメモチの下枝の間に幾つもの猫の影と透明な目が見えたりする。
ピアノの先生の家の玄関横には、毛布が乗せられた椅子が幾つか置いてあり、猫たちはその上で丸くなっていた。雨の日にはその椅子に、さりげなく傘が被せられてもいた。
生垣と外壁の間には年代物の犬小屋も置かれていたが、その中には猫がたくさん詰まっていることもあった。
たまに見事な銀髪の初老の女性が玄関ドアを開けて現れると、猫たちは尻尾をぴんと上げて、その上品な女性を取り巻いた。どうやら、そのご婦人がピアノの先生らしい。
彼女が飼い主か――。
とすると猫たちは、飼い主の家の向かいにあるお医者さんちも自分たちのテリトリーとし、その塀に乗っかって、くつろいでいるということになる。
これはまた、お医者さんちの心の広いこと。
きっとお医者さんちも猫好きで、猫たちに塀を解放しているに違いない。
塀の内側から猫たちを眺め、『猫のいる光景』を愛でているのだ。
私は素直にそう思ったのだが、それは脳天気で、すこぶる甘い考えだった。
やはりお医者さんちは、塀の上にのさばる、お向かいの家の猫たちに立腹していたのだ。
外部からは全く想像もつかないことだったが、猫たちが安穏と乗っかっている塀の内側では、ふつふつと煮えたぎる静かな怒りが充満していた。ドライアイスの煙が次第に溜まっていくように。
やがてそれは、ただの通行人である私にもわかる形で、ある日、突然現れたのだった。
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