遠い海に消える

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 その呟きに、反射的に体が強張ると、俺ははっと気づいてスマホを取り出した。  まさか、と思いながら、俺は震える指先で日付を確認する。  隣のスーツ姿の男は不審そうにあたりを見渡してから、知り合いらしい男に「なあ」と、返事を促し、彼もまた言葉を濁すようにあー、と呟く。  スマホの画面に表示されているカレンダーは「ヒート予定日」を三日ほど過ぎていた。それを見て、心臓が止まるかと思った。不意に電車が大きく揺れた。  思わずふらついてしまい、男とぶつかり、反射的に謝ろうと顔を上げると、男と目が合い、謝罪しようと唇を動かす一瞬。  俺は、――あ、俺だ。そう感じた。  虎に睨まれた小動物は、本能的に自分が捕食者であると瞬時に理解し、逃げ出す本能を持っているに違いない。そして、それはオメガである、自分にも当てはまるものでもある。  男の眼が、冷ややかに温度を下げ、俺は背筋が凍る様な緊張を感じ後ずさった。 「お前」  男が呟くと同時に、車内に到着のアナウンスが流れた。電車がホームに滑り込み、ドアが開くと、俺は人波をかき分けながら電車を転がるように降りた。
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