届け、声。

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彼女の家は、川の向こう側にある。大きな声で話せば、相手の声はちゃんと聞こえるくらいの細い川。水は汚く、ごみが捨てられ、野良犬たちがわんさかいるから人気があるとはとても言えない。そんな川の向こう側に見えるオレンジのアパートの二階に彼女は住んでいる。彼女はいつも、私の呼ぶ声に反応して、ベランダから顔を出して手を振ってくれる。朝、彼女が仕事に行くときに一回。夜、彼女が帰ってきたときに一回。合計二回、私と彼女は毎日手を振って挨拶をしていた。この一日一分にも満たない時間が、私は大好きだった。 ところが最近、私の家のすぐ後ろで道路工事が始まり、朝から晩まで工事の音がうるさく響くようになった。さて困った。私の声が、彼女に届かないのだ。彼女の仕事場は橋の向こう側だからこっちには来ないし、私の声が届かないからベランダにも出てきてくれない。私は毎日一生懸命叫んだが、工事の音はその何倍も大きくて、彼女に気づいてもらえることはなかった。彼女の家に行ってみようかとも思ったけれど、なんかストーカーみたいでやめた。 こうして悶々としているうちに、一ヶ月が経った。道路工事はたぶん昼休憩。いつもこの時間は音が止む。この時間に止めるなら、彼女が家にいるときに止めてくれればいいのに。いつものようにふてくされて昼寝でもしようかと横になったとたん、ふわりと良い匂いが漂ってきた。これは・・・彼女の匂いだ!でもなぜ?会社は?もしかして体調が悪くて早めに帰ってきた?いろんな疑問が頭の中に浮かぶがそれどころではない。一か月ぶりに、工事の音に邪魔されず、私の声が届くのだ。ぐずぐずしてたら工事が再開してしまう。私は慌てて立ち上がり、めいっぱい息を吸い込んだ。私の声を邪魔する者はいない。今だ、届け!! 「わんわんわんわんっっ!!!」。
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