デートのアルバム

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「今日行ったレストラン、美味しかったね。」 「だな。また今度行こっか。えっと、この後はどうする?」 「あ、私、明日までの仕事の準備しなくちゃいけなくて…。圭太、ごめんね。」 「いや、大丈夫。俺もプレゼンの準備しなくちゃだから。まぁそう言いつつも、こうやってデートに逃げてたわけだけど。」 夕暮れ時、彼女の美紀と肩を並べて帰る。付き合って3年、お互い落ち着いたというか距離が遠くなったというか…。昔はデートは週2,3回、デート後は決まってどちらかの家に行っていたが、最近はお互い仕事で家には行けてないしデート回数も二週に一回程度に減ってしまった。流石に三年も経つとどこのカップルもこうなるのだろうか。 「今日、夕陽めっちゃ綺麗だな。」 「だね〜。」 沈む夕陽を見ながら他愛も無い会話をしてると、美紀が、 「あ、せっかくだし夕陽をバックに写真撮ろうよ。ツーショット。」 と携帯をチラつかせながら無邪気な笑顔で言った。美紀はことあるごとに写真を撮りたがる。記念日はもちろんのこと、普段のデートですら4、5枚は写真を撮っている。美紀が写真好きなのか、女性自体がそういう生き物なのか。少なくとも大して写真に興味のない俺にはよくわからない。 「はいはい。」 「ほら、こっち立って立って。はい、チーズ!」 パシャッ 撮った写真を満足そうに見る美紀。自分も写真を撮ってるとき、少しだけ美紀との距離が近くなる気がする。…まぁ、こう毎度毎度写真を撮ろうと言われると、少し煩わしいと感じないこともないが。 「ほら、行くぞ。」 「はーい。」 その後5分ほど歩いたあたりで交差点にさしかかった。美紀は左、俺は右、ここでお別れだ。 「じゃあ、この辺で、か。」 「そうだね。」 「今週は会えないんだっけ?」 「うん、今週は忙しくて…。土曜日も実家に帰ろうと思ってて…。」 「そっか、大変だな。」 美紀は平日は8時出勤で10時帰り。休日も仕事の残りを片付けているか実家にいるお婆ちゃんの様子を見に行ってるか。平日定時ちょい過ぎ帰りで休日ゴロゴロしている俺なんかに比べるとかなりのハードワーカー。本当は日曜日に会いたいが、さすがにこれ以上負担をかけさせるわけにも…、いかないか。 「じゃあ、再来週かな、会えるのは。」 「うん、そうだね。」 「じゃあ、また。」 「またね!」 そう言って、お互いの家に向かって行く。帰り道、一人になった時にふと思った。美紀がこれだけ忙しいのなら、俺から何かしてあげられないだろうか。長続きするカップルの秘訣はお互い思いやることだってネットの記事に書いてあったしな。そうと決まれば…、俺は自宅を通り過ぎスーパーの方へ向かった。 ~ ガチャ 土曜日の午後、美紀の家に合鍵を使って入る。俺らルール其の一、お互い合鍵を渡し、互いの家への出入りを自由とすること。このルールのせいで何度俺の汚い家が見られたことか。5回ほどお咎めを食らった。…まぁ、それでも家を片付けてくれたから文句など口が裂けても言えないが。 「さて、と。手早くやっちゃうか。」 今日美紀の家に来たのは、美紀が帰ってきた時のために晩御飯を作っておくためだ。普段美紀の家に行っては手料理をふるまってもらっている。たまには俺が料理を作るのも悪くないだろう、家庭的な男性は女性に好かれるって言うしな。ちなみに家ではそれなりに料理を作る俺だが、美紀のために料理を作るのは初めてだ。正直緊張している。 買ってきた材料で料理に取り掛かる。人参、玉ねぎ、じゃがいもに牛肉…ビーフシチューでも作ろうか。野菜を切り始める。 普段から一人で料理をしているため料理はとりわけ苦手ではない。手早く材料を切り、煮込みに取り掛かる。ビーフシチューは煮込みが重要だ。 煮込みに入ったあたりで手持無沙汰になってしまった。いくら鍋を監視しなきゃいけないといってもさすがに三時間は暇だ。かといってどこかに行くわけにもいかない。暇だな…。ふと、美紀の部屋の扉を見る。そういえば美紀は何度も俺の部屋に一人で入ったが、俺は美紀の部屋に一人で入ったことは一度もないな…。 おそるおそる美紀の部屋の扉を開ける。そこにはいつもと同じように綺麗に掃除された部屋が広がっていた。あれだけ忙しくても部屋の整頓はかかさないのか、流石は美紀だ。ただ、今朝脱いだであろう寝巻だけは無造作にベッドの上に転がっていた。どうやら朝の支度はギリギリだったらしい。美紀の寝巻を畳み、クローゼットの中にしまう。ふと、クローゼットの下の方を見てみると、段ボールにぎっしりと詰まったアルバムが置いてあった。しっかりと数えたわけではないが、少なくとも20冊くらいはあるだろう。 「ったく、美紀のやつ。」 あいつ、まさかデートで撮った写真を毎回アルバムに取って置いてるわけじゃないだろうな。呆れ笑いを浮かべながら一冊を手に取って開いてみる。俺が手に取ったアルバムは二年前の春、まだ付き合って半年ぐらいの頃の写真だ。桜をバックに二人で撮った写真だ。二人の間隔が今と比べて遠いあたり、お互い初心だったなぁなんて思う。写真はまだまだたくさんあった。二人で行った水族館、二人で行った遊園地、お互い謝ったポーズで撮った写真なんてものもあった。確か初めて大ゲンカした後に仲直りしたときに取った写真だっただろうか。 一冊目を段ボールに戻し、二冊目、三冊目へと移る。夏、秋、冬…、アルバムの中で季節が通り過ぎていく。いろんなことがあったんだなぁとしみじみと感じてしまう。しかし、半年前の、今年の春に入ったあたりでアルバムは終わっていた。 「あれ…」 段ボールの隅々まで探してみたが、ついにアルバムの続きは見つからなかった。どうやら美紀は今年の春からのアルバムを作ってないらしい。少し寂しい気持ちになりながらクローゼットの扉を閉め部屋をあとにした。 ソファに座ってなんとなく携帯を弄りながらさっきのアルバムのことを考える。やっぱり、最近は美紀も忙しかったからアルバムを作れなくなってたのだろうか。なら、もっといろいろ俺が気をまわしてやるべきだな。そんなことを思ってるときにふと、一つの疑念が脳裏をよぎる。…、単純に作るのに飽きた、とか…?確かに、ここ最近のデートの回数は減ってるし、美紀が俺の知らない外出をすることもしばしば。今日だって実家に帰るとか言っていたが本当かどうかは…。一度疑い出すと止まらなくなる。この前のデートで何か怪しいことはなかったか?その前は?そういえば一か月前のデートは若干携帯を弄る回数が多かったような…。…、変な疑いはやめよう。美紀に限ってそんなことするはずがない。アルバムは単純に最近忙しかっただけだろう。それだけだ、それだけ… そのあとは携帯で動画を見て、料理の仕上げに入って、美紀を出迎える準備をして…。しかし、何をやっても美紀への疑いが頭からこびりついて離れなかった。ビーフシチューは若干焦げてしまった。 ~ ガチャ 「ふぅ…。」 少し疲れた顔をした美紀が帰って来た。 「お疲れ。」 「え、圭太、来てたんだ。」 「あぁ、ちょっとな。ほら、飯できてるから食べようぜ。」 「え、作ってくれたの!?嬉しい!」 そして美紀をテーブルに案内し、夕ご飯にする。 「ビーフシチュー?これ、圭太が作ったの?」 「まぁな。若干焦げちゃったけどな。」 「へぇ、やるぅ。っていうか、圭太に料理作ってもらったの初めてかも。」 「なんか自信なくてさ。これを機にもっと作ってみるよ。」 「楽しみにしてるね、圭太。じゃあ、いただきます。」 「いただきます。」 美紀がビーフシチューをスプーンですくって口のなかへ入れる。そんな様子を俺は少し緊張しながら眺める。 「うん、美味しい!」 美紀の感想とその笑顔にほっと胸を撫で下ろし、俺もビーフシチューを口の中へ。味は…、デミグラスと牛肉と、若干のこげの味が混ざって口の中に広がっていく。 「良かった。けど、なんかちょっと苦い気もするけど…」 「そんなの全然気にならないよ。うん、凄く美味しい。圭太も料理できるんだね~。」 「まぁ、このご時世男も料理できないとだからな。」 「本当に、料理上手だね。なんか彼女として立つ瀬がないんだけど。」 「美紀の料理だってうまいだろ。」 そんな他愛もない会話をしながら料理を食べ進める。が、内心は俺はあのアルバムのことがずっと気になってあまり会話が頭に入ってこなかった。すぐにでも聞きたいが、もし万が一、万が一のことがあったら…。そんな葛藤の中、会話の節目に、 「そういえばさ…」 ついに好奇心の方に軍配があがり俺は美紀に聞き始めてしまっていた。ここまで来たらもう戻れない。 「お前の部屋のアルバム見たんだけど、あれ…」 「え、圭太ってばクローゼットのアルバム見たの?もう、勝手に人のクローゼット開けちゃって。」 「いや、そんなことよりも…、今年の春ごろから作ってないのか?」 ついに、聞きたいことを全部聞いてしまっていた。あとは、美紀の返事だけだ。美紀は動揺するか、言い訳するか…。 しかし、俺の疑い過ぎだったのか、美紀は全く動じることなく、普通に、 「え、続きもちゃんとあるよ?」 「いや、俺が見たときは今年の春から無かったけど…」 「だって、お婆ちゃんのところに持って行ったもん。」 「お婆ちゃんの所?」 「うん。お婆ちゃんに見せに行ってたからね。」 「えっと…」 俺が不思議そうな顔をしていると、美紀が丁寧に、一つずつ説明してくれた。 「私がちっちゃいころに両親を亡くして、お婆ちゃんに育てられたっていうのは知ってるよね。だから、私はずっとお婆ちゃんに育ててもらって、でも中学校ぐらいの頃にすごい仲悪くなったんだよね。私、すっごく、ぐれちゃって…。その時に変な男につかまって、私、結構お婆ちゃんに迷惑かけちゃったんだよね。だから、次に彼氏ができたときはお婆ちゃんが安心できるように、彼氏のこといっぱい教えてあげようって。」 そんなことがあったのか…。お婆ちゃんに育てられてたのは聞いていたが、あまり詳しく聞いたことが無かったから、全然知らなかった。美紀はさらに続けた。 「そこで思いついたのが、アルバム。言葉だけじゃわからないと思ったから、毎回のデートで写真を撮って、お婆ちゃんに見せてあげようってことにしたの。ほら、今日も…」 そう言って美紀はカバンから5,6冊のアルバムを出して見せてくれた。俺が見つけられなかった最近のアルバムだ。 「お婆ちゃんにこのアルバム全部見せに行ってたんだ。ほら、最近お婆ちゃんのところになかなか行けてなかったからたまっちゃって。」 そういうことだったのか…。毎度毎度デートで写真を撮るのも、今日、俺がアルバムを見つけられなかったのも、それは全部お婆ちゃんのため…。なんか変なことを疑った自分が恥ずかしくなってきた。 「良かった…。なんか、俺はてっきりもう飽きられてたのかと…。」 「それは絶対に無いよ。っていうか飽きたならすぐ別れを切り出すよ、だってそんな人と付き合っても時間の無駄だし。圭太とは付き合ってすごく楽しいと思ってるよ。」 「そっか、ありがとう…。」 「それに…」 そう言って、美紀は少し頬を赤らめて、少しうつむきながら言った。 「お婆ちゃん、アルバムを見せるたびにいつも言ってるんだよね。いい結婚相手を見つけたねって…」 一瞬、頭がまったく働かなかった。そして、少しずつその意味がわかると同時に頬が、体が、どんどん熱くなっていくのを感じた。結婚相手…、俺と、美紀が、結婚…。まともに美紀の方が見れなかった。こんなに美紀のことを見てドキドキしたのなんて付き合って初めてのころ以来だ。正直、さっき見たアルバムの、若き頃の俺の方がまだしっかりとしていた気がする。  そんな感情のブレにあわあわしていると、美紀が何か答えてほしそうにこっちを見た。そうか、何か、何か返さないと… 「…じゃあ、もうじき結婚の挨拶に行かないとな。」 …失敗した。これじゃまるでプロポーズじゃないか。それも相当下手くそな。美紀には最高のプロポーズをしてやるって決めていたのに…。自分のふがいなさにがっかりしながら、美紀が落ち込んでいないか、恐る恐る美紀の方をうかがった。美紀はちょっと驚いた顔をして、すぐさま目を細めて、 「…そうだね。」 ~ その夜、二人でアルバムを見てあれこれと語り合った。美紀は、今晩中にこのアルバム全部見ると気合を入れていたが、果たしてその目標は達成されるやら。現に写真一枚一枚ごとに盛り上がってしまって、一時間強経ってるのにまだ2冊目の途中。アルバムはあと20冊以上は残っている。今晩中は…多分無理だろうな。 「本当に、いろんなことしたんだね、私たち。」 「だな。」 アルバムを振り返ってると、楽しいこと、辛かったこと、怒りを感じたこと、でもやっぱり楽しいこと…。本当に美紀とは色んなことがあったんだとつくづく感じさせられる。…そして、美紀で良かったな、なんて内心思いながら写真とそこにいる美紀を見比べる。 「あ、せっかくだし写真撮ろっか。アルバムをバックに。」 「いや、流石にそれは意味わからん。」 「え~、い~じゃん。」 そう言われて、半ば強引に写真をバックに撮る写真という謎の写真がアルバムの1ページに追加された。そっか、こうやってまた一枚一枚、またアルバムに写真が増えていくんだな…。そんな当たり前のことを思いながら撮った写真を美紀と二人で眺めていた。  次は、どんな写真が撮れるのだろう…。気が付いたら俺は少し写真が好きになっていた。
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