3.じっ

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3.じっ

 月曜日。  朝、出席をとり終えた先生は言った。 ――写真を回収します。  席の後ろから、手繰りで写真が集められる。指紋とかそんな繊細なことは教室内で御法度である。カビのパンがるんるんしている教室内で、写真の指紋なんか言うに及ばず、家康は徳川。埋蔵金は糸井重里。  前から二番目の席の僕の手に五枚の写真。みようかどうしようか、迷うけれど、やめにして前の席に送る。六枚になった写真は虹になり損ねて、先生の手に逃げ込んだ。  ――はいはい。全部で三十六枚。全員忘れ物なしね。偉いわよ。先生の鼻そろそろ学校突き破っちゃうわー。  面白い冗談で、先生は鼻をくいんくいん触った。首から下げたホイッスルは次の体育のため。先生はもう多分一回ホイッスルを今日、吹いたんだろう。ちょっと口元が紅い。 ――さてさて、ゴロゴロするのは六時限目のHRの時間ですからね。では、一時限目体育です。女子はお隣。男子はここで、お着替えて運動場に集合。今日は皆さん興奮のポートボール決勝戦ですよ。  あ、そうだ。  教室内の意識が写真を離れて、ポートボールに集中する。 ――坂町、手、ぬるぬるさせとけよ。 ――横下、先生にばれないようにボール舐めるの頼むぞ。 ――先生のホイッスル、エロいよな。 ――何言ってんの? ――女子早く出てけよー。  一時限目。体育。ポートボールと共に去りぬ。  二時限目。理科。顕微鏡は新しいのと古いのがあるけど、アルコールランプはどれも新しい。  三時限目。国語。朗読は上手だ。って褒められたら勝ち。というそのまま単純。僕の声は今日、谷山さんの喉で宮沢賢治を朗読した。  四時限目。算数。正方形の中、四分の一の円が二枚対角に重なっている。さて、問題。わからない人に教えるって損じゃないですか?  五時限目。家庭科。波縫い、玉止め。いじめられっ子の太もも三針。  あっという間に六時限目がやってくる。  写真撮影に時間がかかった時代は良かったね。  じっとして。  それこそ、雑誌の付録についてた日光写真ぐらい、焼き付けるのに時間がかかるなら、良かったね。  僕らはもうオタマジャクシと一緒さ。  じっとできない。  びゅう。びゅう。   古い。ものを吐き出して、新しく。  古い、顕微鏡も、今は理科準備室にいられても、来年はどうか、わからないもの。  レントゲンは、僕の骨を貫通して、心の様子をお医者さんに密告した。  僕のブリーフは、泣いていた。  精通という言葉は保健の教科書で読んでいた。  レントゲン写真。あの日の僕のつけなかった嘘を、今日、持ってくるべきだったかもしれない。でも、そんなの子供の僕の独断じゃどうにもできないもんな。  あ、ごろごろ、始まるの?  じっ、と。してなくていいの。 ――毎日は写真じゃありません。 ――日々、あなたたちは、泳いでいくのです。 ――海は広くてしょっぱくて、水中眼鏡の外は泥棒も警察も鉄砲もお化けもなんでもいるのです。 ――ゴロゴロしますよー。  先生がホイッスルを吹いた。  机を廊下に全部出して、無数の写真が床にばらまかれた。  三十六枚なんかじゃない。千、万、億、超、京、もっともっと。  窓も、天井も、掲示板も、写真がずらずらと走り回る。  ばらばらに、僕らの体がはみ出した羽を擦り合わせて、うひゃあ、くすぐったい。  気持ちいい。  ごろごろごろごろ。  この写真は、誰かの3056グラム。  滝岡小町のヌードが許された頃。  じっとしていたら止められない、時間のばらばら。  ごろごろごろごろ。  あっ、あっ、あっ、あっ。  幾つかの声が僕に教えてくれる。  小学生ではそろそろいられないぞと。  先生のホイッスルが、紅い。  教室内を包み込んだ無数の写真が、僕らの時間をごろごろ潰していく。  写真は増えた。  三十六枚が数えられない無限まで。  僕の選んだくるみ割り人形の兵隊を演じる僕は、何処だあ。  何処だあ。  みんな、同じこと言ってる。  何処だあ。  何処だあ。  じっと、してたい。できない。探したい、探せない。みつからない。  僕らは、いつまでもこの教室にいるわけにいかない。  せーのー、で。  はい、ごろごろ、お終いです。 
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