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1.怖い、放課後
――月曜日、写真を持ってきてください。ゴロゴロしますから。
先生がそう仰って、トントントンといつものとおりに三回出席簿を教卓に叩いてから教室を出て行った。
――帰ろー。
――ボール、たけし。陣地はかける。俺は靴。
――放送部の人、ハムスター逃げたこと通達よろしく。
――掲示係さん、画鋲余ってますか? いじめられっ子として、分けて貰えると嬉しいです。
――水筒で順位決めても、私の勝ちは変わんないんですけどー。
放課後が怖い。
授業が終わって僕はみんながわからなくなる。
先生は仰った。月曜日は写真を持ってきなさいと。ゴロゴロしますってなんのことだか、気にしているのは僕だけなのか?
ランドセルを背負って、一段、せめてみんなより背を高くして怖さを紛らす。椅子に乗っかって、いえい。はー。ここでなら深呼吸。
――よーしーざーわーくーーーーーーん。
高所に怯むことなく、声を投げてくる剛力者はだぁれ。僕は目をつむって、推理する。声でわかるかって、わかるわけない。声は教室の僕らで、順繰りに交換するんだ。今、誰が誰の声か、元々の自分の声すら、提供した雑巾二枚ほどの区別も、つくはずがない。
僕にくんをつけて呼ぶ。放課後に、ボール遊びに飛び出しても行かない。絞る。雑巾のように。ぎゅう。ぎゅう。滴る液体は白く濁って、精通を済ませた僕の色。
――よしざわ、くーーーーん。高いよ? 電球に喰われるわよーー?
なんだよ。推理に無粋なやつ。ヒントがでっかすぎて、象印賞も辞退だぜ。椅子の上に乗ることを、教室中で一人だけ拒絶する女子。電球に喰いつかれた後遺症は、ただの怖がりとして残った。おでこの縫い目も相当だけどさ。
――だいじょぶなんだよ。今、僕は月曜日の写真のことで目いっぱいにいっぱいで、脱皮の余剰もありゃしないのだから。電球が人を喰うことなんか、エチオピアの西暦ほども記憶にございませんのだから。
――だぁめよーーーー。よしざーわーくーーーん。私がこうして、見上げてるんだものー、そこに、よしざーわーーくんのバックに今にも喰いつきそうな電球があるのだものー。
目を開いた。
椅子の下で、赤いランドセル背負った滝岡小町が無防備な胸元をよれたTシャツのせいにして発光させている。僕はもう一度、目をつむった。
――すけべー、よしざーーわーーくーん。もう、喰いつかれるわよー。すけべごと、バックリいかれるよー。
そっちが、みせてんだろー。もう。よいっと。僕は椅子から目を閉じたまま教室に着地する。途端だ。
――吉沢君。小町ちゃんの胸ちらみてたよー。
――スケベの罪で島流しだ―。
――吉沢、へーんたい。
――大変だー、変態だー。
ぐるぐると教室が色気づいたマドラーたちにかき混ぜられる。重たいか。そうか。教室内はこのところ、水より、粘液に似てきたな。
怖い。
放課後の教室はとても、怖い。だから。
――もー、帰ります!!
一目散に、教室を駆け抜けた。背中のランドセルに粘液の飛沫が数滴。あの日のレントゲン室で汚したブリーフよりは、まだ清潔に思える。だから人は、成長しなくちゃ。引き算のバリエーションを蓄えて頑丈になるために。
――よーしざーーーわーーーくん。私も帰るーーー。連れて逃げてよー。
滝岡小町が追いかけてくる。下駄箱の砂埃、すのこをくいっと持ち上げて、かっこーーーん。
――うるさいけどー、すのこは噛まないからー、オールオッケーまるもうけー。
滝岡小町と並んで正門を抜けた。なんだかんだと喋りまくっている。僕は知らんぷりして、月曜日の写真のことを考えていた。滝岡小町は、待っても待ってもそのことを訊いてはくれなかった。
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