2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
2.写真、じっとしてろ
――月曜日、写真を持っておいでって、先生が仰ったの。
うちで開口一番に、僕はそう言った。
うっかり下校中に口に匿ってしまった、七星テントウムシが、不器用に飛んだ。ナナホシはカタカナ、ムシは無用、私の名前はナナホシテントウ。と、念波でラジオをジャックして、夕方手前のニュースキャスターが舌打ちをした。
――何に使うって?
母さんがもっともな質問をくれる。大人って感じた。
――ゴロゴロするんだそうです。
大人には寄り添う。そして、放課後の怖さを少しずつ忘れる。
――あーあー。今の子もやるのね。
――お母さんの頃もやったの?
――そうね。
母さんとの会話ですっかり安心した僕は、アルバムをめくった。しばらくぶりに開いた居間の本棚一番下のアルバム入れには、指で三往復しても取り切れない埃が積もっていた。でも、その埃はまだ、白くて怖がるほどでもない。黒い埃の怖さを僕は知っているのだから。
ぺりぺり。
くっついていたいよう。
ページがそう呟くんだ。
ぺりぺり。
この粘着を、僕はあの日、レントゲン室で放出した。ぱくぱく痙攣していた下の口は、何と言葉していたのか、考え始めると宇宙遊泳にも似た気分になる。上、下、なしよ。重力は星との約束よ。
僕の誕生日を間違えることなく写真に入力したのは誰だ。
カメラ? 馬鹿言うなよ。
ふやけたままを写真に撮られて、さぞ悔しかったろう。けど、大人は言うんだろう。順番だよ。一回叩かれたら、一回叩いてもいいのよ。そんなんだから戦争終わらないんだ。
大学に通ってる兄ちゃんが、僕のほっぺを引っ張ってる。
兄ちゃんが、誕生日ケーキの蝋燭をほっぺぱんぱんにして吹き消そうとする僕の横でジャミロクワイを気取ってる。
補助輪付きの自転車で、うちの前の坂道を下る僕。
水中眼鏡を振り回して、山賊だってわめきちらしている僕。
夜店のりんご飴を弟ですってお婆ちゃんに紹介した僕。
アルバムをめくると、僕がめくれる。
ナナホシテントウの羽みたいに、僕の体から記憶がはみ出して、うまいこと畳めない。僕は普段、どうして上手に僕を畳んで一人になっていたっけ?
――写真、持ってきなさいってさー。写真なんかアルバム六冊あるんだよ。僕のいるのもいないのも。兄ちゃん長男だから四冊。僕のが一冊、もう一冊は子供ができる前の父さんと母さんの。
ゴロゴロしますってさー。チョイスの指先に配慮のない言葉だよ先生。
もういっか。と、僕は適当に一枚、写真をアルバムから剥がした。
僕の体からはみでた記憶の羽が、ピリピリ痛んだ。
写真の中で、僕はくるみ割り人形の兵隊を演じている。幼稚園の年長さんは、腰に手を置いて、誇らしそうに。
ごろごろ。
写真は決めました、先生。月曜日に、持っていきます。
写真、って、はみ出る羽なんですね。
撮られるときはじっとしているのに、中で懸命に羽ばたいて。
なんだか少し、悲しいですね。
最初のコメントを投稿しよう!