玖:夜空に咲く華

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「合流できたっていうか、おれが天音を攫ってきただけやけどな。」 「拗ねている」の続きのような口調が可笑しい。たしかに、今は完全施錠済みの校舎の、しかも立ち入り厳禁の屋上なんかにいるのは、千歳に「攫われた」からだ。 暗闇に紛れて、おれを担いでこんなところまで簡単に跳躍し、おまけに声も姿も外からは隠すという高度な結界まで一瞬で張ってしまった、この非常識な天邪鬼の仕業。 「でも、おれも千歳を探してた。…はい、これ。」 放っておいても、千歳の機嫌はけっこうすぐに直るはずだ。でも、たまには少しくらい甘やかしたっていいだろう。「非日常」の空気を言い訳に、おれはポケットから小さな包みを取り出して千歳の掌の上に載せた。 「…ん?なんや、これ。」 不思議そうに目を瞬いた千歳が、和柄の布をそっと解く。ほどけた中から、虹色の和菓子が現れた。おれのクラスの和風喫茶で一番人気だった、その名も『星屑餅』。シンプルな大福餅の皮の部分に、金平糖を砕いたものが混ぜ込まれていて、カラフルな見た目とシャリシャリとした独特の食感がウケていた。 今日1日クラスに貢献し続けた報酬に好きなものを食べていいと言われたので、結局午後からも現れることのなかった千歳のためにひとつ持ち帰らせてもらったのだ。 「……これ、天音のとこの?」 「そう。これで目的はひとつ果たしただろ。あとは一緒に花火見れば充分じゃねーか。」 欲を言えばおれも千歳と一緒に学祭を回ってみたかったけど、こうして同じ空気の中にいられるだけで楽しいというのも嘘じゃない。…失くさなくて済んだことが、いまだにどこか信じられなくて、同時に嬉しくて、こうしておれの思考を馬鹿みたいに蕩けさせる。千歳はしばらく自分の手元の小さな和菓子をじっと見つめていたが、顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとうな。」 おしゃべりな千歳が、どこかぎこちなく短い言葉を紡ぐ。その響きが身体に沁み込み、体温をじわりと上げる気がした。
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