壱:鬼が来たりて( in公立高校 )

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「はいよ。任せとき。」 おれの背後の樹の影に静かに降り立った千歳は、背中合わせでそう言った。 『現実(リアル)!』 喉に込み上げる熱は、さっきよりも強い力の解放を告げる。迷ってはいけない。おれは奥井さんの手元に意識を集中させた。 『…忘れじの 行く末までは かたければ…今日を限りの 命ともがな…!』 『…裏返し(リバース)。』 下の句を読み切った瞬間、一瞬身体の芯が揺らぐ。おれが絞り出した言葉の残像に千歳の静かな声が重なったとき、奥井さんが息を飲むのが聞こえた。 「…………由美。」 少し離れた場所で佇む奥井さんの前に、さっき写真の中で微笑んでいた女性が立っている。 ほんの一瞬、でも確かに奥井さんをまっすぐに見つめ、紅葉に彩られた長い髪を風に揺らしてにこりと微笑んだ。 次の瞬間、強い風が吹いて視界を揺らす。瞬きをした後にはもうそこには天蓋から零れる夕方の日差し、ちらちらと気まぐれに遊ぶ光の粒が残されていただけだった。
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