壱:鬼が来たりて( in公立高校 )

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おれは今回、あの女性の「思念」に命を吹き込んだ。「約束が果たされないなら、約束をしたこの瞬間に命が尽きればいい。」という歌意を持つ和歌に込められた霊力を発現させ、千歳の「裏返し(リバース)」の能力でその言葉をまるごと裏返してもらったのだ。 約束がずっと守られているから、この命が続けばいい―と。 それでもその力は彼女の肉体に作用したわけではないから、ギリギリ「禁忌」の域ではなかった。おれはあくまであの写真を媒介として、そういう彼女の「思い」に命を与えただけだ。しかし明らかにおれの力だけではどうにもならないほどの大仕事であったことは間違いがなく、反射によって千歳の霊力が上乗せされてなんとかカタチになったというところだろう。 おれは一応自分の知識の範囲内で、危険がないと判断をしてこの仕事に臨んだ。でも万が一これが「禁術」に当たるとすれば、おそらくあの歌を詠み切った時点でアウトだっただろう。 千歳はおれとは違う「(あやかし)」の類だし、禁忌の縛りがおれと同じなのかはわからない。それに自身が発動させた術ではないからそれ以上は巻き込むこともなかったはずだが、もし事情を話していれば、反射の霊力発動以上に何かの「手助け」をしようとしたかもしれない。 まぁ結局は結果オーライでおれが疲労でのびているくらいで事は済んでいるわけなのだが、一応まったくの考えナシに動いたわけではないということくらいは知っていてほしかった。 「…言ったら、危ないだろ…。」 「言わんかっても危ないもんは危ないやろーが!」 説明しようにも頭の回転は鈍く、口も思うように回らない。耳元を掠める風と、近くで聴こえる千歳の呆れ声がぼんやりと響く。 「……言ったら、千歳まで危なかっただろ…。」 自分の声が、ちゃんと言葉になったのかすらよくわからなかった。瞼の重みに任せて目を閉じる。千歳のため息が、頬を撫でるひんやりとした風の匂いに混ざった。 「…………そんなん気にするほどの余裕なんかないくせに。損な性分やなぁ…。」 閉じた瞼の裏に、鮮やかな紅と金色に包まれて幸せそうに笑い合う一組の恋人同士の姿が浮かび、おれの口元は綻んだ。
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