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「……天邪鬼?」
庵が投げ捨てていった言葉をなんとなく反芻すると、千歳が可笑しそうに笑いながら振り返った。
「威勢のいい奴やなぁ。っていうか正解言われてもうたやん。天音の負けー、賞品はもらえません。」
「いらねぇよ。…おまえ、天邪鬼なの?」
さすがというか、庵の妖鑑識眼はおれよりもずっと確かなようだ。…考えることを忘れていたとか、面倒で放棄していたわけではない…ことにしておこう。千歳は一連の喧騒も意に介さずゴロゴロと喉を鳴らして足元にすり寄る三毛猫の額を撫でながらあっさりと頷いた。
「そうや。おまえほんまに今まで気付かんかったんか?名前のヒントもやったし、おれの霊力の発現のしかたも知ってるからさすがにわかってると思ってたわ。」
霊力の方はともかくとして、名前のヒントは「鬼」って一文字入ってるだけじゃねーか…。やはり残念なクオリティだったんだなと思いながらおれは呟く。
「……あぁ。だから『裏返し』か。」
「えぇ~…ほんまに今さら?ここまで興味持たれへんとさすがにへこむわ…。」
わざとらしく大げさに肩を落として見せる千歳を眺めながら、おれはそれほど豊富ではない妖の知識を頭の中で探る。
天邪鬼と言えば、一般的には人の言葉を常に逆手にとってからかう妖怪という認識が強いが、実は地域や伝承によっての違いはけっこう大きい。共通するのは、元来天の動きや人の心を察する力を持っていたとされる説である。そこに「悪戯好き」の性質が上乗せされて今のような認識が広まったのだろうが、正確なところはまだまだ謎が多い。
「…天邪鬼ね。あの、四天王像とかによく踏みつけられてるやつだよな。」
「………あれは、中国由来の伝承ミスや。」
「じゃあおまえって、言ってること全部逆?面倒くせぇな。」
「………それもただの俗説や。普通にしゃべれる。」
「木霊や山彦が天邪鬼だっていう地方もあるけど、おまえ山で叫んだりしてないよな?」
「するか!ただの変な奴やないか!」
おれの中ではすでに「変な奴」のくくりにどっぷり浸かっているとは露知らず、千歳は心外そうに眉をひそめた。
「ふーん…まぁいいけど。庵がやたらと噛みついたことは悪かったよ。ほんとは人懐っこい奴なんだ。」
庵がまき散らしていった足元の木の葉をもう一度集めながらそう言うと、千歳は目を瞬いた。
「別に気にせんで。きっと天音のことが心配なんやろ。」
本当に「気にしていない」感じに力が抜ける。やっぱり器は大きいらしい。今度庵が顔を見せたときにはもう少し仲介に入ってやろうと思いながら竹箒を持つ手を動かした。
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