弐:知らぬ仏より馴染みの鬼(とは言うけれど。)

5/18
前へ
/210ページ
次へ
 のんびりと境内の掃除をしている間にずいぶん日は高くなっていた。今日は神社を訪れる人も少なく、特に抱えている仕事もない。掃除道具を片付けて境内を見渡せる縁側に腰掛けると、心地の良い眠気が襲ってきた。 つい先日奥井さんの件でかなりの力を使ったのと、学校では毎日のように柔道部員に追いかけ回されていたのとで、おれの疲労ゲージはけっこうな高度を保ったままだ。食べて眠ればそのうち回復するだろうと思ってはいるのだが、ここ数日はなぜか疲れの割に上手く寝つけず、なんとなくぼんやりとしているものだからきちんとした食事を作る気も起きなかった。 小さな池の水に反射する昼下がりの陽光の粒を特に意味もなく眺めていると、一度姿を消していた千歳が不意に目の前に現れ、顔を覗き込んできた。 「…驚くだろ。」 「いや、驚いてるリアクションじゃないけどな。反応うす…。寝不足か?」 千歳はいつもの蒼の羽織の袖を鮮やかな緑色の(たすき)で吊り上げ、逞しい腕を組みながら尋ねる。おれと道場で組み合ったときには呼吸ひとつ乱していなかったのだが、今は額にうっすらと汗が滲んでいた。山に戻って鍛錬でもしていたのだろうか。 「うーん…。なんかうまく寝つけないんだよな…あと、腹減った。」 正直にこぼすと、千歳は怪訝な顔をした。 「天音、もしかして『仕事』のあと食べる量増えたりせんか?」 「…え、普通にするけど。」 千歳の質問の意図がわからず、おれは首を傾げる。何度も言うが、おれは「力」を使った後の食事量がかなり増える。もともと小食とは言えない上にそういう習性があるものだから、おれのエンゲル係数はかなりのものだ。余計な面倒ごとにさらされながらも、柔道部の一件で勝ち取った食堂割引券にはかなり助けられていた。
/210ページ

最初のコメントを投稿しよう!

475人が本棚に入れています
本棚に追加