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翌日、昼休みの教室にあり得ないセリフが響いた。
「天音―。弁当持って来たったで。」
「……………は?」
おれの疑念と怨念を込めた精一杯の一音は、クラスメイトのどよめきによって瞬殺される。まぁ、そうなるよな…。
「弁当!?ま、まさか手作り…」
「きゃー!愛妻弁当じゃん!」
「やっぱあのふたりってそういう…!?」
「………。」
わらわらと群がる人波をすり抜け、おれは無言で千歳の前に立ち思い切り胸倉を掴んだ。
「……おまえはいったい何がしたいんだよ。」
すべての怒りを込め地を這うような声で問うが、千歳は平然とした表情で首を傾げた。
「え?別に何も。どーせまだ腹減ってるんやろ。」
そう言いながら青い布で包まれた大きめの弁当箱を軽く揺らして見せる。ふわりといい香りがした。
「………。」
「食わんか?」
おれの中で今世紀最大級の葛藤のゴングが鳴る。
周囲の好奇の目とざわめき、謂れのないゴシップと噂話。
昨日食べたどこか懐かしく温かで優しい和食の味、ポケットに収まった薄っぺらい財布、そして去らない空腹感…。割とあっけなく勝負は決した。
「………………食う。」
「それはよかった。」
千歳はおれに胸倉を掴まれたままふっと笑った。差し出された弁当を受け取るが、背後から押し寄せるオーラの圧に耐えながら教室で食うのはさすがに遠慮したい。後ろを振り向かず、千歳を押しながら教室を出た。
「どっか行くんか?」
「屋上。」
「……屋上か。ほんならおれも行っていいか?」
千歳は少し考えるような表情になってそう言った。「ほんなら」の意味がよくわからない。おれが屋上でひとり飯を食うと何か不都合でもあるのだろうか。
「別にいいけど。本当は立ち入り禁止のとこだから、内緒にしとけよ。」
そう言うと千歳はわかったというように頷いた。
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