弐:知らぬ仏より馴染みの鬼(とは言うけれど。)

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「あのな、天音。」 「ん?」 千歳はフェンスにもたれていた背を起こしてじっとこちらを見た。いつものように笑わない千歳の表情は、整った顔立ちと寒色の瞳のせいか意外なほど鋭く見える。千歳はおれから目を逸らさないまま、静かな声で告げた。 「大事なことやから落ち着いてよう聞き。…おまえの身体(からだ)、けっこう限界やで。」 「…………え?」 「今すぐどうこうはならん。けど、今みたいなやり方で『力』使っとったら、そのうち持たんようになる。」 千歳の声が紡いだ言葉の内容に一瞬思考が止まる。千歳の目を探るように見返すが、とてもからかったり冗談を言っているようには見えなかった。何よりも、自分の身体の感覚が一番その言葉の意味を理解している。おれは千歳の作ってくれた弁当の、優しい味が微かに残る唇を噛み締めた。 「………なんで、そんなことわかるんだよ。」 「最近寝つき悪いって言ってたな。人間は眠るのにもエネルギー使うんや。異常なほどの空腹もそう。…たぶん、おまえは霊力を『引き出す』力が強すぎるんやろ。持ってる以上のもんを引き出そうとして、足りひん分を、自分の身体に必要なエネルギーから差し引いてしまってる。」 「…………。」 「さっきの弁当、ちょっとだけ薬草仕込んどいた。極度の疲労に作用する、一時的な滋養強壮や。…よく眠れたやろ。けど、この状況で与えられたエネルギーが即睡眠に向くっていうのは、けっこう追い込まれてる証拠やで。」 「……だとしたら、どうしろって言うんだよ。」 目を逸らさない千歳の視線から逃れて俯き、おれは屋上のコンクリートの上で拳を握りしめた。 千歳の言っている意味はちゃんとわかる。おれの、「持っている力」と「引き出す力」のアンバランスさも、本当は自分が一番よく知っている。だっておれは、おれ自身が、それを「選んだ」から。
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