弐:知らぬ仏より馴染みの鬼(とは言うけれど。)

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教室の窓際の席は、街の風景が良く見える。先生がゆったりとした声で古典の文章を読み上げるのをぼんやりと聞きながら、おれは窓から外を眺めた。 街のところどころを彩る鮮やかな紅葉に紛れて、同じような色をした神社(うち)の鳥居が小さく見える。小さな神社を守るように、背後に広がる山が見える。千歳と最初に出会って、派手にやり合ったのはあの山の中腹あたりだ。 おれは、今までに千歳にどんな言葉をかけただろう。どんな表情を向けただろう。思い出そうとして頭の中を探っても、ほとんどロクでもないものしか浮かんでこない。情けなくて、そしてそれ以上に不思議だった。 千歳がなぜあれほどおれのことを気に掛けるのか。 なぜこうしておれの近くに現れるのか。 なぜ、おれの「力」をあれほど信用できるのか。 おれはため息をついた。いつもこうだ。いつも、こうして誰かの行動に意味や理由を探している。それを知ったからといって、どうにもできないくせに。  終業のチャイムが鳴り、人の流れは思い思いの方向に動き出す。「手作り弁当」を持って姿を消した上1時間授業をサボって行方知れずだったことを考えれば、さぞかし壮大な憶測が飛び交ったこととは思うが、教室に戻ってきた時のおれの表情を見たうえでそれを果敢にからかいに来る強者はいなかった。いつもつるんでいる連中がわりと真剣な表情で体調を心配して声を掛けてきたくらいだ。さすがの川岸も、今日はHR終わりの瞬間におれの机をめがけてスライディングをかましてくることはなかったので、おれはさっさと帰り支度をすませて教室を出た。 千歳の教室の前でふと脚を止めそうになるが、思い直してそのまま通り過ぎた。このまま会っても、何を言えばいいのかわからない。 通学カバンが揺れたはずみに中の弁当箱がからりと音を立て、それを聞いて礼すら言っていなかったことに気づいた。なんとなく重みが増したような気がするカバンを肩に掛け直し、おれは校舎を出た。
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