弐:知らぬ仏より馴染みの鬼(とは言うけれど。)

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「あーまーねー。」 見慣れた鳥居を重い足取りでくぐりぬけると、飄々とした声に呼び止められた。なんとなく俯きがちだった顔を上げると、境内の一角にあるひときわ大きな古木を背に、蒼の羽織姿の千歳が不機嫌そうに立っていた。 「………なんで?」 思わず間の抜けた声が出る。あのやり取りの後で、なんでこいつは「普通に不機嫌そう」なくらいの感じでこんなとこに立っているんだ。千歳は眉間にしわを寄せてため息をつくと、こちらに向かってずかずかと大股で歩いてきた。 「なんでやあれへん!おまえ屋上の鍵の閉め方教えていけや!めっちゃ怒られたやないか面倒くさい!」 「………え、そこ?」 しかも不機嫌の原因それかよ…。呆気にとられるおれの表情をちらりと見やり、千歳は可笑しそうに口角を上げた。 「……はっ。そんな表情(かお)もできるんやんか。なかなか可愛いぞ。」 「…うるさ…ってそうじゃなくて…なんで普通なんだよ…。」 「普通?おれはいつでも普通やで。」 「いや、いつも普通ではないけど…。そういう意味じゃなくてなんていうか…」 紡ぐべき言葉は簡単にすり抜ける。言葉を操るはずの「言霊師」が聞いて呆れる。でも、結局これがおれなのだ。自分自身の言葉では、霊力どころか伝えるべきことすら引き出せない。聞くべきことすら、きちんと聞けない。
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