弐:知らぬ仏より馴染みの鬼(とは言うけれど。)

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『…ひさかたの 光のどけき 春の日に (しず)(こころ)なく 花の散るらん…』 「………?」 千歳が構えを解き、不思議そうに目を瞬く。次の瞬間、千歳がさっきまでもたれていた古木の脇に植えられていた低木から、残り僅か咲いていた芙蓉(ふよう)の花が秋風に舞い上げられた。 薄桃色の大ぶりな花びらが幾重にも、紅葉に混じってふわりと風に巻き上げられる。今年は秋になっても比較的暖かな日が多かったから、いつもよりも長持ちしてよく咲いていた。花が咲く期間は数か月間と長いが、ひとつの花が咲いているのはほぼ1日。夕方の強い光を浴びながらしなやかに舞う花びらを眺めながら、心の中で「ごめんな」と呟いた。 「………弁当、ありがとう。」 「天音?」 「……千歳のことを、信用してないわけじゃない。でもおれは…」 自分の「力」を、本当は誰にも向けたくない。おれの力は、こうして懸命に咲いている美しい花の「時間」を奪う。きっと他のものも奪う。そういう「力」だ。
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