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「おーい、枇々木さん、天ちゃん。差し入れに来たぞ~。」
「あ、やっぱり。」
しゃもじを持ったまま首を傾げる千歳を台所に置いて玄関に向かうと、奥井さんを先頭に近所の人たちが段ボールやら重箱やらを持って集まっていた。
「この間はどうもな、天ちゃん。これ、昨日釣ったんだ。大物だぞ。」
この間よりもずっと顔色の良くなった気がする笑顔の奥井さんがずいと差し出す発泡スチロールの箱の中には、大ぶりの活きのいい魚がぎっしりと入っている。
「これはウチで作った野菜と、お隣の三木さんのとこの米だ。野菜は新鮮なうちに食べてくれよ。」
「こっちは昨日うちで作った牡丹餅よ。天音くんの好きな黄粉のは下の段。神主さんにもよろしく言っといてね、いつもありがとう。」
我先にと差し出される品々を受け取り、ひとつずつ礼を言って挨拶をすると、みんなは嬉しそうに近況を報告して帰って行った。襖の影からその様子を見ていたらしい千歳は、ご近所さんたちが帰ると顔を覗かせ、玄関に所狭しと置かれた品物の山とおれをもの言いたげに見比べた。
「………え、悪代官?」
「………誰がだ。神社は昔から、正式な除霊やお祓い以外は金を取らないんだよ。おれの受けてる『相談事』もそう。だから、そのかわりにこうして差し入れとかお裾分けとか、みんなが持ってきてくれるんだ。物々交換的な。」
「……はー、そういう仕組みか。まぁ何はともあれ、これでおまえの命綱は切れずに済んだわけやな。お、この魚も野菜も見事なもんやな。さて、どう料理するか。」
「あー…たまにはおれがやるよ。っていうかいつまでしゃもじ持ってんだ。ほら、貸せ。」
「え、天音料理できんのか?」
「おまえほどじゃないけどな。もうだいぶ回復したから、今日はおれがやる。…千歳もたまには食って行けばいいだろ。」
「なに、おれにも作ってくれんの?」
「…いらないならいいけど。」
「いらないとか言ってないし。ほんならこれ、全部運ぶで。」
可笑しそうに言いながら、千歳は山と積まれた箱を軽々と持ち上げる。置いてもらう場所を教えようとしたとき、玄関の引き戸がもう一度開いた。
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