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「あ、庵。」
「よう、庵。」
おれと千歳の声が重なる。今日は、お気に入りのブランドのロゴ入りトレーナーとジーンズという私服姿の庵は一瞬おれの顔を見て微笑みかけたが、すぐに隣にいる千歳に気づいて顔をしかめた。
「~~~~~~!おまえが『庵』って呼ぶな!遂に家にまで上がって…何してんだよ!」
「何ってこれから天音の手料理を…あ、庵も食っていくか?」
「はぁ!?手料理!?ちょっと天音!一体なにがどうなって…」
「…え、その説明おれがすんの?」
「当たり前だろ!」
「まぁまぁ。なんか用事あったんとちゃうんか?」
玄関先でおれに詰め寄る庵を可笑しそうに眺めながら、千歳が宥めるように声を掛けた。
「おまえが仕切り直すな!……あ、そうだ。天音に用事あったんだった。こないだ来たとき帰り際に『依頼』受けたんだけど、夕方来たらもう閉まってたから。」
そう言うと庵はジーンズのポケットからいつもの「依頼用」のメモ帳を取り出した。千歳がおれを見下ろして「うーん」と唸る。
「なんだよ。」
「……別になんも。話聞くんやったらおれも聞く。これ置いてくるから、ちょっと待っとけ。」
そう言うと千歳はかなりの量の荷物を持ったまますたすたと台所に歩いて行った。
「………え、なんであいつが話聞くの?」
千歳の後姿を睨みつけていた庵は、不満げに言うとおれの方に向き直った。庵の疑問もわからないではないのだが、たぶん「今『仕事』を受けて大丈夫か」という言葉を飲み込んでくれたらしい千歳を蚊帳の外にするのもさすがにどうかと思い、少し考えてからおれは庵の方を向いた。
「実はちょっと手伝ってもらってるんだ。あいつ力強いし…。この辺の霊力にも詳しいみたいだから。」
だいぶいろいろな内容をすっとばしたことには変わらないが、まぁ大筋としてはぎりぎり嘘ではない、はずだ。庵はおれの言葉を聞いて意外そうに目を瞬き、そのあと悔しそうに眉をひそめた。
「………なんであいつが。おれだって、天音の仕事手伝いたいのに…。」
そう呟く庵は、不貞腐れた猫のようでなんだか可笑しい。歳はひとつしか変わらないが、昔からおれと違って素直で人懐っこい庵はおれにとって可愛い弟のようなものだ。
「庵だっていつも手伝ってくれてるだろ。ほら、『報告書』書いてきてくれたんじゃないのか?」
「……うん。」
庵はしゅんとうなだれたまま、ぎゅっと手元のメモ帳を握りしめた。
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