拾:次の季節へ

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身体に回された千歳の腕に蒼い羽織越しに触れてその表情を見上げる。千歳はおれの視線に気づき、桜のつぼみを眺めていた新緑の瞳をこちらに向けた。 「…千歳といると」 「眠くなる?」 「それもあるけど」 「あ、どきどきする?」 「…言ってない。おまえってほんと人の話聞かないよな。」 「聞いてるし。天音がどんなかわいいこと言ってくれるんかなって期待しただけやし。」 「変な期待すんな。あと、面倒くさい拗ね方すんな。」 呆れながらそう言うと、千歳は可笑しそうに表情を緩めた。 「千歳といると…なんかいろいろ…見えるなと思って。」 こんなに近い距離で見上げている銀色の髪越しの空とか、口には出せないけどもうちょっとこのまま抱きしめていてほしいなんて思うわがままな自分とか、春には桜が満開になるはずの境内のイメージとか。 「まだまだ。もっといろいろ見せたるで。…そのかわり」 「そのかわり?」 「天音も見せて。おまえのいろんな表情(かお)、もっと見たい。」 「……千歳って、制約とかあんま関係ないよな。」 「はぁ?おいおい、見くびんなよ。制約がなかったらこんなもんでは済まんで。おれの甘~い台詞集で天音なんかでろでろや。」 「…どこの芸人だよ。…っていうか…ぶっ。」 「ん?」 「変なとこでドヤ顔…。おまえって、いろいろすごいのに、いっつも一番どうでもいいところで威張るよな。」 「どうでもよくないねんけどなぁ…。」 そう呟きながら、千歳は思わず噴き出したおれを見て嬉しそうに表情を崩す。 これから訪れる冬も、この腕の中ならきっと温かい。だから、触れずに手放す痛みよりも、離さないための痛みをおれは選ぶ。そうして、そんな痛みも忘れてしまうくらいにこうして千歳と笑い合っている自分の姿が、この先にもずっと、ちゃんと在るような気がした。 9738c235-b171-4bdf-919e-a1a4c6f4a30a
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