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 車に戻り運転席のシートに体を預け、深くため息をついた。  ビリビリに破いた写真を海に流して、グッバイマイラブって失恋の定番をやりたかったんだけど、上手くいかないや。 『ねえ、恋にマニュアルなんてないんだから、何でもかんでも定番を追わないでよ』  頭の中、彼女の声が回る。そうやってよく言われたよな。 『雑誌通りのデートスポット巡らなくていいし、レストランだってかしこまったところばかりじゃなくていい。プレゼントも相場なんて関係ないじゃない。私たち二人の関係なんだから、二人で相談して作っていきたいよ』  彼女は俺が恋人たちの定番デートや恋のハウツー、世間の風潮なんかに乗ろうとするとよく顔をしかめていた。  今破こうとしていた写真を見返す。わざわざプリントアウトしてフォトフレームに入れておいたこれは特別な旅行先でもなんでもなく、共通の知人が撮ってくれた何気ない日常の一コマだった。でも二人ともすごくいい笑顔の、お気に入りの一枚だった。 「淋しいよ」  思わず口から出た独り言で我に返る。ダメだダメだ、こんな女々しい俺なんてカッコ悪い。 『カッコつけないでよ。カッコつけてる方がカッコ悪いんだから』  別れた原因は些細な喧嘩だ。俺がプロポーズ名言集のようなサイトを観ていると彼女が、大切な言葉なんだから誰かのマネじゃなく自分で考えてと言ってきた。そりゃそうさ、そんなことあたり前だろ。でも参考くらいにはしてもいいだろう。 『アナタいつもそう。カッコつけてばっかり、何か参考にしてばっかり。本もサイトも見ないでいいから、目の前の私を見て自分の言葉で喋ってよ』  カッコつけるのの何が悪いのか分からない。だけど彼女は俺を責めた。  プロポーズを受ける前に一言言っておきたかった。そうでないとこれから先、常に私たちの間にはマニュアルが横たわってお互い直に抱き合えないと。  原因は些細なことだったが、お互い強い口調で言い合った。思えばこんなに大きなケンカは初めてだ。 『だってケンカもさせてもらえなかった。なんでも先回りして調べてソツなくこなすから』  それのどこが悪いんだよ。 『もっと意見を言い合いたい。互いの価値観を擦り合わせたい。私はアナタと関係性を作っていきたいの。世間一般の恋人基準なんでどうでもいい』  初めての大喧嘩は、落としどころが分からなかった。しばらく会わないで頭を冷やしましょうと彼女が言うから、いいかげん頭に来ていた俺はすごく幼稚なことを言ったのだ。 「じゃあクリスマスも正月も会わないからな、一人で過ごせよ」  だってクリスマスも正月の初詣でも恋人たちにとって欠かせないイベントだろ。どや顔で決めた俺、冷静になったらわかる、すごくカッコ悪い。  彼女はしばらく無言だった。  その時の俺はそんな彼女を見て、堪えているだろういい気味だと思っていたんだ。頭が悪いことこの上ない。 『ごめん、別れよう。あなたとは一緒になれそうもない』  そう言って彼女は去った。  俺はここですがるのはカッコ悪いと思い追いかけたりしなかった。どうせ後で連絡が来るはずと楽観視して。
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