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夜中、笑い声が聞こえた気がして目が覚めた。 寝室の窓には大きな障子があり、月の明かりがほの青く部屋を照らしている。 眠るときにいた、隣りに妻はいない。 声は仏壇のあるキッチンの方から聞こえる。 妻の声だ。 「ご本読む?なにがいい?」 ああ・・。妻はまだこの深い闇の底から抜け出せてはいないんだ・・。 夜中に遺骨に話しかけていたのか。 俺は妻を寝かしつけるため、深いため息をついてキッチンに入ろうとした、 ・・・扉にかけた手が止まった。 小さな女の子の声が聞こえたからだ。 「クマたんのごほん よんで。」 血の気がすっと引くのがわかった。 それは忘れもしないアキの声だった。 俺はもどかしくキッチンの扉を開けた。 そこに・・アキがいた。 元気な頃の頬のふっくらとしたアキだ。 「おとーたん。」 アキが俺の顔を見て笑った。 「あなた。」 妻も微笑んだ。 「アキが帰ってきてくれたわ。これまで通り暮らせるわ。」 「そんな・・。そんなわけ・・。」 俺は開いている仏壇をみた。 アキが走って来て、両腿(りょうもも)に抱きつくと花のような笑顔で俺の顔を見上げる。 俺はその頬をそっと震える両手で包んだ。 「おとーたん。アキね、クマたんのとこ またゆきたい。」 俺の目から涙が(こぼ)れた。 懐かしいアキの声。 クマたんの遊園地で、みんな大笑いして、遊び疲れたアキを抱っこして しびれた腕も、そんなこともどれだけ幸せなことだっただろう。 「違う・・。これはアキじゃない。偽物だ!」 妻が笑いながら言う。 「何を言っているのあなた。ほらアキじゃないですか。」 俺は首を振る。 「アキは・・死んだじゃないか・・。あんなに苦しんで・・。」 妻は俺の足元にいるアキを抱きしめて俺から離れて座った。 「クマたんのご本読みましょうね。」 俺はそんな妻とアキを唖然(あぜん)と見つめた。 アキは毎日そうしていたように、妻の膝に座ると一緒に絵本を目で追って 長い髪の毛をくるくると指で絡めて聞いている。 「違う・・お前は・・アキじゃない・・。 やめろ・・。やめろーーっ!!」 俺は叫んで妻の腕を掴んだ。 アキがびっくりした顔で俺を見上げた。 「何処から・・連れてきた。(さら)ってきたのか? この子の親はどうしているんだ!」 妻は自分の髪の毛をむしるように両手で頭を抱えて叫んだ。 「なにをいっているの!この子はアキです!私とあなたの娘です!」 アキが叱られたと思ったかのようにわっと泣き出した。 慌てて妻がアキを抱きしめて優しい声で言う。 「大丈夫よ。おとうさんはお仕事で疲れているだけよ。 怒ってなんていないからね?」 そして赤ん坊のように抱っこして揺すった。 アキはぺたんと顔を妻の肩に伏せて、しゃくりあげていた。 胸が(つぶ)れそうだ・・。 アキとの(あふ)れる思いが次々と(よみがえ)る。 妻は俺のことを振り向きもせずに、寝室へとアキを連れて行った。 俺は茫然(ぼうぜん)と立ち尽くした。
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