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残りのレモネードを最後の一滴まで味わってから別れの挨拶をした。
「本日は、本当にありがとうございました。レモネードも美味しかったです」
「こちらこそです。普段、人があまり来るところではないから、お話しできて楽しかったです」
「あの……」
私は何かを思って、そう、口にして、でも何を言おうと思ったか自分でも定かではなく、別れを惜しむようなことを言ってしまった。
「あの、もし私にも、この場所を本当に必要となる時が来たら……その時は……」
スッと息を吸い込んで、ちょっと我に返って続けた。
「その時はまた、よろしくお願いします」
少女はにっこりと笑って、
「はい! 是非に」
と、そして私の目をじっと見つめて少し小さな声で言った。
「ねえ、あの『本』、大変美味しかったでしょう? あれには、たくさんの記憶が詰まっていましたからね」
そのとき、少し強く吹いた風が彼女の髪をなでた。
「その写真も、もしよかったら食べてみてください。なにか分かるかも」
その写真が、何か教えてくれるかも。
ドアの外で彼女が見送りをしてくれている。あの場所で一人、思い出してもらえなければ消えてしまう忘れ物と共に、彼女は何を思うのだろう?
しばらく歩いたところで、あのドアベルの音が微かに聞こえた。
私は左手の写真を見て、一口、食べてみることにした。(本当は、家まで我慢しようと思ったのだが……。)
パクリと、一口食べた瞬間、涙が一筋頬を伝った。瞬く間に私は耐えられなくなってしゃがみこみ、嗚咽を立てながらぼろぼろと溢れ落ちる涙の塩味と共に、その味を噛み締めた。
それは、それは――すっかり忘れていた、懐かしき母の味だった。
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