忘れ物はいかがですか?

4/4
前へ
/4ページ
次へ
 残りのレモネードを最後の一滴まで味わってから別れの挨拶をした。 「本日は、本当にありがとうございました。レモネードも美味しかったです」 「こちらこそです。普段、人があまり来るところではないから、お話しできて楽しかったです」 「あの……」  私は何かを思って、そう、口にして、でも何を言おうと思ったか自分でも定かではなく、別れを惜しむようなことを言ってしまった。 「あの、もし私にも、この場所を本当に必要となる時が来たら……その時は……」  スッと息を吸い込んで、ちょっと我に返って続けた。 「その時はまた、よろしくお願いします」  少女はにっこりと笑って、 「はい! 是非に」 と、そして私の目をじっと見つめて少し小さな声で言った。 「ねえ、あの『本』、大変美味しかったでしょう? あれには、たくさんの記憶が詰まっていましたからね」  そのとき、少し強く吹いた風が彼女の髪をなでた。 「その写真も、もしよかったら食べてみてください。なにか分かるかも」  その写真が、何か教えてくれるかも。  ドアの外で彼女が見送りをしてくれている。あの場所で一人、思い出してもらえなければ消えてしまう忘れ物と共に、彼女は何を思うのだろう?   しばらく歩いたところで、あのドアベルの音が微かに聞こえた。  私は左手の写真を見て、一口、食べてみることにした。(本当は、家まで我慢しようと思ったのだが……。)  パクリと、一口食べた瞬間、涙が一筋頬を伝った。瞬く間に私は耐えられなくなってしゃがみこみ、嗚咽を立てながらぼろぼろと溢れ落ちる涙の塩味と共に、その味を噛み締めた。  それは、それは――すっかり忘れていた、懐かしき母の味だった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加