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コンコン、コンコン
「御免ください、御免ください」
私がまず訪れたのは昨日のレストランだ。
「御免ください、御免ください」
何度かドアをノックした。左手に写真を持ち、右手で大きくノックする。それでも視線は写真に注がれたままだ。
コンコン、ゴン、コンコン……
そうして何度かノックしているうちに、
「どちら様でしょうか」
と、昨日のオーナーが顔を出した。
「ああ、貴方は……」
「御免ください、昨日出していただいた赤い『本』の出所を教えて頂きたくて、参りました」
写真を見つめながら、顔も上げず、ただ少し早口にそう言った。
「はあ、こりゃあまた突然……」
オーナーの戸惑った表情が想像できる。しかも私が一度も目を合わせやしないのだ。何事かと思うのも当然だ。
「はい、教えていただきたいのです」
私はさっきと同じ調子でハキハキと答えた。――視線を写真に注いだまま。
「えーっと、あの……」
オーナーはごたごたと何か言ったり、バタバタと何やら忙しなく動き回っていたが、私は玄関から一歩も、微塵も動くことはなく、ただひたすらに写真をじいっと眺めていたので、どれ程の時間がたっていたかは覚えていない。けれどもオーナーはそうしてなにもしない、なにもできやしない私であることに気付いたのか諦めたのか認めたのか、最終的には私に一枚のメモを渡してくれた。
「昨日、貴方にお出しした『本』はこの遺失物取扱所から仕入れたものです」――達筆な字で書かれた住所は全く聞き覚えのない場所だった。(そういえば私はこのときやっと写真から目を逸らすことが出来た。)
「しかし、もし持ち主をお探しになどなっているのでしたら、全くの無駄足になると思いますよ」
「いえ、それでも結構です。ありがとうございます」
私は深くお辞儀をして、くるりと彼に背を向け、そのレストランを出た。貰ったメモをパクリと食べる。
さあ、目的地へ向かおう。
私は歩き出した。――写真を食い入るように見つめながら。
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