「ポラロイド サヴァイブ」~防人怪異交戦記録~

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ポラロイド サヴァイブ~防人怪異交戦記録~  「オイッ、ガキ?もう一度聞くぞ?何で、この村で唯一、お前だけ生き残ってる?」 血みどろの手そのまま、自衛隊普通科連隊の小隊所属“山伏(やまぶし)二等陸曹”は、目の前の“救出対象”である“子供”を乱暴に抱き上げると、声を荒げ、問いただす。 手段を選んでいる状況ではない。“死”はすぐそこまで迫っている。生き残るためには、目の前で大きく目を見開いたまま固まる生存者から情報を引き出し、相応の対応を実行しなければいけない。 こちらの想いが伝わってか、それとも伝わらなかったかはわからない。ただ、子供は ゆっくりと手に持っているポラロイドカメラを指さした…  事態は6時間程前に遡る。その日、基地内で待機勤務だった山伏達の元に、警察本部から行方不明者の捜索支援が要請された。警察組織から合同捜索が申し出る事は稀であり、 自身の上司及び、幹部連中は多少の躊躇を見せつつ、臨時の小隊を編成し“輸送ヘリCH‐47”2機に分乗させ、派遣した。 彼等の杞憂は、捜索に向かう隊員達とて同様であり、ヘリ内部で説明される詳細内容は 隊員全員の不安を増大させるものだった。 向かう先はC県山間部での寒村地域… そこで起きた、とゆうより、現在進行形で発生中らしい村民連続行方不明事件… 事態は終息を見せず、捜索に当たった消防団、警察関係者が次々と姿を消すものになっているとの事… 警察関係者は、あらゆる状況を想定し、すぐの報道規制と山に続く道全てを封鎖した。 山伏達の任務は増援の捜索隊と共に、行方不明となった住民と警察、消防団員合計38名を探す事だった。 「38名って、ここ、日本ですぜ?ヤべぇ数じゃないすか?大将?」 同じく待機勤務だった“八百(やお)一土”がこちらに振り返り、皮肉に口を歪める。 「国内年間行方不明者2万人の国だ。それがたまたま集中しただけだろう。気にするなよ。ただ、出来たらハチキュー(89式小銃)は持ちたかったよな?」 山伏の返しに八百がハンドライトを鉄パチ(軍用ヘルメット)にコツコツ当てて答える。 捜索に駆り出された自衛隊員達に支給されているのは、簡易スコップと懐中電灯くらいのモノだ。航空機による偵察も、災害出動ではないから行わず、警察の情報任せの状態… 捜索活動任務において、武装する必要も、偵察行動も必要ないという常識範囲、 平時の鉄則だが、果たして、今回の事態にそれが正しいのかは、いささか疑問ではある。 そして、彼等の杞憂は現実のモノとなった…  設けられた空き地に着陸し、山間入口にある無人の警察テントを(最も、中は返り血だらけで見れたモノじゃなかったが…) 後にした山伏達は、同じく血と肉片が散らばる山中を行軍し、やがて山頂に辿り着く。 「一応、捜索任務は終了って事でいいですよね?小隊長…」 八百が吐き気を堪えながら、何とか冗談を口にする。他の隊員、小隊長も含め、全員に地面に突っ伏し、吐いていた。“経験”のある山伏とて正視する事は出来ない。 38名の行方不明者全員が“そこ”にいた。正確には行方不明者だった、人間だったものだ。 「食われてるな。これ…」 死骸の山を検分した山伏が呟く。湯気立つ肉塊と血の固まり具合からして、最近のモノ程、高い所に積み上がっているようだ。 「す、すぐに本部へ連絡だ。それでハッキリする。誰が彼等を殺して、この死体を積み上げたか。犯人の特定は警察にぃーい、い、い、い、いーっ」 “この異常事態で何が警察だ?”と山伏の声が叫ぶ前に、小隊長の首筋に赤いスジが見え始め、彼の首が勢いよく跳ね上がった。 返り血をまともに浴びた隊員達の悲鳴が次々に上がり、間を置かず、小隊長と同じ悲鳴を上げ、地面に転がっていく。 「全員、山を降りろ、急げ!」 山伏の声に残った隊員が脱兎の如く駆け出す。状況についていけなかった者はすぐに屍となった。 「何だ、ありゃ、何なんすか?こっちは姿が見えないのに、殺り放題とか、 ズルすぎっしょ!ねぇっ?大将!!」 目の前で悲鳴を上げながら飛んでいく味方の生首を押しのけた八百が喚く。山頂からここまでで、隊員の数は既に半数を切っていた。 「黙ってろ!八百、とりあえず村だ。村を目指せ。通信士はやられちっまって、機材は頂上置きっぱなし。ヘリはとっくにいねえ…となれば、連絡手段はそこにしかない。」 「了解!」 叫ぶ山伏と八百達、残存隊員は多くの犠牲を払いながら、走り続ける。 「二曹、村の入口です。入口が見え…」 “安心した”と言う表情の隊員の胴が弾け、真っ二つに裂けた。 「くそっ、もう、ここまで来てる。走れ!走るんだ!!」 今や、返り血塗れの血みどろ迷彩を纏った隊員達は死に物狂いで“視えない敵”からの襲撃から逃れようと我先に村内に飛び込んでいく。 「二曹、役場は右の坂を降りたところ、消防署、警察署はその隣…」 「そこまで行く時間があるか?(喋る途中で報告した隊員の顔が潰れる)…つっ、クソッ!」 舌打ちと同時に、懐から抜いた回転式拳銃を、崩れ落ちる隊員の後ろ、空いた空間ごしを、 横滑りに3発連続発射する。 「大将、そんなモンどこで!」 「捜索警官の死体から拝借、エアーウェイトM37(5連発リボルバー)‥‥ 手ごたえなしか(それを証明するように、離れた所に立つ自身と山伏を除いた最後の隊員が 血飛沫を上げて倒れる)八百、建物の中に入れ!」 「りょ、了解」 答える八百が手前の家に飛び込む。後ろをカバーする彼は、銃に残った残弾を全て叩き込み、苛立つように空の銃を投げ捨てた…  家から家越しに移動する2人は外の様子、と言っても視えない敵相手では役に立たない事を重々承知、それでも気が済まないといった感じで確認を怠らず、足を進める。 「大将、駄目ですね。手持ちのスマホも卓上電話もネットも反応なしっ、考えてみりゃ、さっき電柱折れてましたし、デジタルに関してはEMP(電波妨害)でも使ったんすかね?」 「数時間前では連絡が出来た。だが、今は出来ない所を見ると…奴も賢いな」 「奴?相手は1人ですかい?じゃぁ、凄腕の特殊部隊か、実験装備テスト用の某国…」 「人食ってる時点で、それは無しだ。食人部隊なんて、冷戦前か?冗談じゃねぇっ! とにかく姿は見えないが、確実にいる何かが俺達の敵だ」 「ヒデェ話です。ちっきしょう、有給使っときゃぁ良かった、全く! しかし、どうやって戦います?せめて、敵が何処にいるかさえ、わかれば…」 「村の中を走ってみてわかった。おが屑に白い粉…皆、相手の姿や痕跡を辿ろうとしてる。 俺達が考え得る事は全てやった上で殺されたって感じだった」 「じゃぁ…これも?」 山伏を遮り、八百が差し出したのは一枚の写真、デジタル現像のものではない。恐らく旧式のポラロイドカメラ… 撮って、すぐに写真が出てくるタイプだ。写っているのはこの村の入口付近、事件前のモノではない。写真には、おが屑を蒔いた地面に血が広がり、それを流している誰かの足が少し映っている。いや、よく見れば画面端に影のような人物がいた。コイツは一体… 動きを止める自身に八百が畳みかけた。 「村のあちこちに落ちてました。何か敵の正体に近づけるかも…」 山伏が答えを返そうとした時、彼等のいる部屋の天井が軋んだ。2人の隊員は無言で顔を見合わせ、頷く。ゆっくりポケットを探り、死体から拝借したもう1挺の拳銃を八百に押し付けた山伏はライトを目の高さまで持ち上げ、階段を静かに登っていく。 やがて、音がしたと思われる部屋を探り当てた彼等は、タイミングを合わせ、一気に踏み込み、件の少年を見つけ、現在に至った…  「大将、その子怯えてますぜ、まずは降ろして、話を聞く。それからでさぁっ」 八百の制止に山伏も気分をどうにか落ち着け、彼を床に降ろす。そこで気づいた。少年、 いや、自分達の足元に大量に転がる写真だ。一枚、一枚拾い上げてみれば村の中を写している。どの写真も映像が粗い。ピンボケしているモノがいくつもある。恐らく、走りながら撮ったモノに違いない。 だが、映っている角度や高さから言って、この少年が撮った写真とみて間違いないだろう。 「坊やはあれかい?1人かな?近くに友達や大人の人は誰か隠れていないかい?」 いつもの口調を大分、和らげて八百が話をする。コクンと頷き、固まる少年に… 「うん、わかった。とりあえずお腹とか減ってない?」 と喋り、何処から拾ってきたのか、お菓子の袋を渡している。その間に山伏は、 写真を一枚、一枚丹念に調べていく。先程写っていた黒い影は撮影者を追いかけるように 迫ってきている。何枚かの写真には、少年以外の子供や村の人間が映っているモノもあった。しかし、それらは全て次の写真で、自衛隊員や警官と同じように解体されている。カメラ越しとは言え、人が死ぬのを何度も観た彼の心はボロボロに違いない。異常事態とは言え、 我を忘れて酷い事をしたものだ。バツの悪さを隠すように、写真を拾う作業に没頭する。 やがて… 「‥‥これは、まさか…」 死体写真の中で、山伏は革新的な一枚を見つける。逃げ惑う村民に覆いかぶさるように飛び上がった黒っぽいゴリラのような体格の怪物…目はない。あるのかもしれないが、黒い体毛?のようなモノに覆われ、見えない。しかし、背中に映えた翼と、大きく開けた口に並ぶ牙と肉食獣特有の太く長い爪が両手に備わっている事から、コイツが自分達を襲った相手だという事がわかる。 立ち竦む山伏の耳に、か細い声が響く。 「村の人が話してた…山にある祠を工事の人が壊したって…大変だって、でも、誰も信じなくて…僕はじいちゃんが持ってたカメラを借りて、遊んでた。そしたら、急に周りにいた人が血だらけになって…じいちゃんも…僕は…僕は‥‥」 「カメラにアイツだけが写るのがわかって、それで、動きを予測して逃げたんだな。 賢いぞ、坊主、スマホの撮影とかデジカメじゃ、アイツは写らない?(頷く少年)… わかった。なら、君のカメラが我々の生命線と言う訳だ」 喋り終える少年を八百がそっと抱きしめ、こちらを見る。 「何とか、逃げ出さないといけませんね。大将?」 「逃げる?無理だな。お役所仕事の本部がヘリを寄越すのは夜になってからだ。その前に 俺達は殺される。徒歩で逃走はナンセンス。村から出る前に死ぬ。この子は村の中だから助かった。広い山道で相手を写して、位置確認して、逃げるのは不可能と言っていい」 「じゃぁ、どうすんです?」 「ここで奴を殺す。それしかない…」 口をポカンと開ける彼の下で少年が目をこちらに向けた。 「どうした?坊主、何か言いたい事があるのか?」 だいぶ、口調を和らげた彼に、少年はゆっくり頷きながら喋る。 「さっき、おじさん達が鉄砲撃った時に、僕、二階から写真を撮った。それが、 これ…アイツは傷ついていた…」 小さな手に載せられた写真には、銃を撃つ自分と、その眼前で黒々とした肩から血飛沫を上げた化け物の姿が映っている。 山伏はニヤリと笑い、何処かの映画の台詞を思い出しながら、こう言った。 「血が出れば、殺せるぞ?」…  「準備は整った。後は敵を待つだけだ」 少年の案内で一軒の家から上下2連ミロク散弾銃と鹿撃ち用の散弾数発を拝借した山伏は弾丸の先に包丁で切れ目を入れながら呟く。その隣で拳銃を心許なげに構える八百が打ち合わせを始めていく。 「坊やの話によれば、ポラロイドカメラのカートリッジは残り8個、撮れる写真の枚数は64枚、写真一枚につき、モノクロなら5分程で現像出来るとの事です」 「その5分の時間を稼げればいい。敵は銃の怖さを知った。写真の写りからしても、自分の姿を写せるカメラを驚異に感じている様子だ。シャッター音を聞いたら、警戒して姿を隠すか逸らす。そのおかげで坊主は1人で生き残ったんだからな。カメラが壊されなくてホントに良かった」 「しかし、坊やの時は周りに人が、つまり囮…ってか、犠牲が…」 浮かなげな八百を静かに制す。周りを撮りながら歩く少年がこちらに忙しく走ってきたからだ。興奮した様子の少年は震える手で何とかカートリッジを交換し、こちらに現像されたばかりの数枚の写真を渡す。 「アイツが来たよ…こっちに近づいてる」 夜が迫った闇の空を黒いモノが飛んでいた。シャッターとフラッシュを警戒してか、相手はカメラから体を避けるように飛ぶ様子が連続8枚の写真に記録されている。 「よし、作戦を説明する、坊主よく聞け!」 「う…うん!」 「俺達がいるのは、この村の狭い路地の行き止まりだ。両隣は家に囲まれ、後ろは絶壁の崖、 アイツがどれだけ飛べるか知らないが、あそこまで飛び上がるのは一苦労だろう。 だから敵は正面、左、右の上の三か所からしか、攻撃出来ない。そこに勝機がある」 撮影を続ける少年の横で、八百が食い入るように真っ黒の写真から徐々に鮮明になっていく風景を見つめている。この写真だけが、現在の彼等の命綱だ。出来るだけ早く相手を見つけた方が勝てるのだ。だが、現像時間5分の間に、相手は右へ左へと方向を変える。それを一体どうやって仕留める?八百の心を読んだように隣で山伏が静かに頷き、散弾銃を構え、説明する。 「そのためにここを選んだ。敵の動ける範囲を限定させる攻撃方法、散弾は切れ目を入れて、 拡散力を上げているから、広範囲をカバーできる。これで奴を倒せる」 山伏が取った戦法は、第2次大戦で旧ソ連がドイツ軍に仕掛けた方法でもある。大量の粛清と戦死で優秀な砲兵を失ったソ連軍は、新米の兵士達を戦わせるために道を封鎖し、敵の通れる道を制限した。それによって、限定した空間に集中的な攻撃を加える事で命中率と効率性を上げ、敵の侵略に対抗したのだ。 (まぁ、問題なのは、そのための弾と写真枚数がもつかどうかだが…) 少年は機関銃のように写真を撮影している。カートリッジは既に半分を切った。写っている写真には怪物が家々を飛び回りながら、距離を詰めてきているのがわかる。相手がこちらの現像時間を知らないのが幸いだ。自身の姿を写すカメラと銃を警戒し、一気に距離を詰めないでいる。それが山伏を決断させた。 (やるなら今しかない) 素早く少年と八百の周りを振り返る。 「坊主、写真を撮る順番に流れを作れ!右、右、右、右、右、右、右、上だ!後は順次調整、最後は正面で頼む!八百、弾を全て坊主の写す方向に向けて撃て、俺も撃つ!」 「了解!」 「うん!」 最新の写真は、敵を左に捉えていた。少年が写真を撮り、八百と山伏は同時に射撃を開始する。 2発装填の残弾を素早く交換し、射撃を続行しながら、視線を向け、少年の足元に落ちる写真を目で追う。そこにはゆっくりと相手が攻撃とカメラのフラッシュを躱しながら、右に移動する姿が映し出されていく。 (いいぞ、このまま行けば、奴は下に落ちて、銃口ど真ん中…) 山伏の目が驚愕に見開かれる。 6枚目の写真に翼を大きく広げ、こちらに突進をかける敵が写っていた。そして7枚目は 自分達のほぼ近く… 8枚目のシャッター音と同時に、首筋を激痛が走った。間一髪で身を捩ったおかげで助かったが、目の前で土煙を上げる地面から察するに翼を用いたソニックウェーブ(衝撃波)… 迂闊だった。爪以外にこんな技を持っているとは…現に手にした銃は先が折れていた。 敵の位置は?…上空?それとも正面?…駄目だ、時間がない!背中越しの少年に 叫ぶ。 「坊主!!」 「待って!交換しないと」 「それは良い!とにかく俺の前にカメラを出せ!」 少年がカメラを突き出すのと、地面を捲った衝撃が止むのが同時だった。やはり、カメラを恐れてる。もう充分だ。相手が銃口を折ってくれたおかげで至近距離での拡散がより高まっている。 「ハイ、チーズだ!クソ野郎っ!」 装填した2発の散弾が火を噴き、目の前で何かが弾けるのがわかった。地面に落ちた轍ができ、カートリッジを交換し終えた少年がそれを素早く撮影する。 「助かったんすか?俺達…」 少年の隣で尻もちをついた八百が呟く。首筋を抑えた山伏も腰を落とし、ポラロイドからゆっくり弾き出された、黒い写真を見つめ、笑いながら、こう言った。 「さぁっ?…それは見てのお楽しみだ」…(終)
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