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 満足げに言って眠ってしまった優希さんの小さな寝息を聞いたまま、俺は空いている手でスマホを見る。  開くのは、赤葦里海の最後のSNSへの投稿。気持ち悪いという言葉と一緒に挙げられた写真は、彼女とその友人が顔を寄せて撮ったものだった。  里海は夜遊びにも慣れていないような優等生だった。そんな彼女が深夜の街を徘徊しており、補導したのは俺だった。管轄が違うのは理解しつつ、所在なさげな様子が不安で、交番まで連れていき諸々の手続きに同行した。  何かあればと渡した連絡先に、里海から連絡が来たのは翌日のことだった。署に近いファミレスに土曜の午後三時。彼女の話を聞き、俺自身も適当なことを話すように努めた。何か、吐き出せる場所が必要なのだと思っていた。  里海は優等生で、人当たりの良い性格だった。正確に言えば、それを演じていた。親は手のかからない子供に満足していたようだし、何でも話せる友人という交友関係を手広く提供していたようだ。  それが彼女の望む形ではないことは、その話し様から理解できた。だからそれを聞かされた俺は彼女を助けられる場所に居た。そう錯覚していた。  実際は俺に日常の愚痴を吐き出すことで、それが原因で、見知らぬ人への抵抗感をなくしてしまったのかもしれない。安易に、型にはめない自分を吐き出す場所を探すようになったのかもしれない。今ではそんな風に考えている。  その結末が、繁華街裏でのめった刺しの事件。チャットツールを介して広まる売春用アプリが絡んだ事件だと聞かされた以外、俺へ情報は入ってこなかった。被害者の名前を聞いたときから、俺の様子はおかしかったらしい。  理性的な子だった。リスク分析をして、危険から遠ざかることは出来る子だった。でなければ、日常でのあの立ち居振る舞いは不可能だ。こんな事件に巻き込まれることはない、そういう計算高さを持った子だった。  納得はできなかった。それであのファミレスへ、いつもの時間に行った。  そこに俺は彼女の幻覚を見た。彼女と共に、彼女を死に追いやった原因を探す。矛盾を孕んだ幻覚。  今はそれが幻覚だと、里海の死で頭がおかしくなっていたのだと、そう理解している。  だが、頭はおかしいままでいいのかもしれない。  これから二人に刃を突き立てたものを追うには正気では足りない気がしている。
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