266人が本棚に入れています
本棚に追加
目隠しされていても、彼が責めるように私をじっと見つめているがわかった。
「自分が不幸になればみんなが幸せになれるならって、諦めてしまうのはダメだ。
みんなが幸せになって自分も幸せになれる手段をいつも考えなさい」
「……はい」
怒られた。
でも彼のいうことはもっともだ。
自己犠牲に酔うのは簡単だが、それで救われた人は本当に幸せなんだろうか。
私だったらずっと、犠牲になった人を引きずってしまう。
ならそれは――よくない選択だ。
「私は心桜を大事にするよ。
だから心桜にも自分を大事にしてほしい」
「……はい。
ごめんなさい」
「別に怒ってなんかないよ」
仲直り、とばかりに繋いだ手が揺れる。
うん、私も朔哉を大事にして、自分も大事にするよ。
鳥居を抜けたであろう先でまた、朔哉に抱き抱えられた。
今度通された部屋は洋間みたいで、座ったのはふかふかのソファーだった。
「……倉稲魂命様って」
「新しもの好き。
うちはお願いを手書きで書き留めているけど、ここはパソコン入力しているくらいだよ」
「へー」
もしかして、普通の会社みたいだったりして。
見られるならちょっと見てみたい。
「さっくやー、おっまたせー」
少しして私の耳に聞こえてきたのは、若い女性の声だった。
「私に嫁、見せびらかしに来たんだってー?」
「……婚姻のご報告に参っただけです」
朔哉の声が苦々しげだけど、それもそうだろう。
ケラケラと笑う彼女の声は軽い。
軽すぎる。
「私も面を着けるから嫁の目隠し、外してやりなさいよー」
「そういうわけには」
「私がいいって言ってるからいいのー。
ほら、面着けたし」
「……ちっ」
え、いま、朔哉、舌打ちしなかった?
いいのかな、自分よりも偉い人にそんな態度。
「心桜。
目隠し外すけど、いいと言うまで目を開けちゃダメだよ」
「……うん」
ぎゅっと目を強く閉じる。
すぐに朔哉はするりと私の目隠しを解いた。
「いいよ」
ゆっくりと目の開けた先に見えたのは……チャラい、巫女のコスプレをした女子高生のような人だった。
「初めましてー。
倉稲魂命でーす。
気軽にうかちゃんって呼んでくれていいのよ?」
彼女の面は、シンプルな、朔哉のお宅の人たちとは違い……キラキラしていた。
ラメとかラインストーンだってついているし。
まるで仮面舞踏会の面のように、すっごく派手だ。
「え、あー、はい。
心桜、です……」
「……うか様」
朔哉の声には苦悩が滲み出ている。
私もうか様……でいいかな、についていけないし。
「いいじゃない、別に」
「……はぁーっ」
朔哉の口から重いため息が落ちる。
これってあれだね、わがまま社長とそれに振り回される部下の図だ。
「それで朔哉は心桜の目、潰さないの?」
言っている内容に釣り合わないほど、にっこりと綺麗にうか様の口角がつり上がる。
「……私は心桜を、大事にすると決めましたので」
面の奥から眼光鋭く、キッと朔哉がうか様を睨んだ。
けれど当のうか様はへらへら笑っている。
「えー、だって人間の嫁取りってあれじゃない?
慰み者にするのがだいたい目的」
あ、これで謎が解けた。
形としては嫁に迎えるけれど、そういうことが目的だから天照大御神様へお披露目へ行ったりしないんだ。
「……私は心桜を、そのようにするつもりはありませんので」
静かな、静かな朔哉の声が響く。
それはまるで、鋭利に研がれた刀のように鋭かった。
「えー、じゃあなんで、人間の嫁なんて取ったのよー」
うか様が脳天気な声で言う。
朔哉の発する気に私は指先すら動かせずにいたが、彼女は例外だったようだ。
「私は心桜を愛しています。
だから大事にして守り、慈しむ。
代替わりも考えています」
「えっ、ちょっと待って……!」
初めて、うか様の態度が変わった。
いままで横柄にソファーの背に寄りかかっていたのに、身を前のめりに乗り出してくる。
「そんなの、許さない」
「許すもなにも、許可は必要ないはずですが?」
うっすらと朔哉が笑う。
さっきまでと立場が変わっていた。
まるで莫迦社長に引導を渡す、優秀な部下みたい。
「そんなのダメよ。
朔哉はずっと、私に仕えてくれなきゃ」
「もう決めたことですので」
「ダメよ、ダメ」
うか様はせわしなく、着物の襟に触れては離しを繰り返している。
「従えません」
「そんな……。
じゃ、じゃあ、その女が本当に朔哉の嫁にふさわしいか、私が見極めてあげる!」
「は?」
思わず、朔哉と仲良く同じ一音を発した。
「明日から、私のところへ奉公に来なさい?
それで見極めてあげるから」
「えっと……」
「うか様!」
朔哉が勢いよくソファーから立ち上がる。
それをまだ状況が理解できずにただ見ていた。
「なにを考えているのですか!?」
「なにって、代替わりにはその女も必要でしょう?
ちゃんとふさわしいかどうか見極めないと。
今後のためにもね」
意味深にうか様がぱちんとウィンクしてみせる。
「はあぁぁぁぁぁーっ」
地面にゴトンと鈍い音を立てそうなほど重たいため息が、座り直した朔哉の口から落ちた。
「住み込みなんて言わない。
それはこっちとしても迷惑だし。
どうせ朔哉も日中は仕事でしょう?
その間、私の元で働いてもらえばいいから」
「……心桜、諦めて」
ぽん、私の肩に手をのせた朔哉は疲れ果てている。
「あの人、言いだしたら聞かないんだ」
「あー、えっと。
……アルバイト的なもの、と考えたらいいんでしょうか……」
「そうそう!
上手いこと言うね!
そんな感じ!!
できるでしょ、アルバイト」
楽しくて仕方ないのか、うか様はにこにこと笑っていた。
「はい、私にできることなら……」
「決まりね!」
パン!とうか様が胸の前で手を叩く。
なにもしないのは居心地が悪いので、朔哉にできることを探してもらうつもりだった。
それが計らずともアルバイトすることになったんなら、いいのかな……?
最初のコメントを投稿しよう!