第3章 あなたの時間、私の時間

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第3章 あなたの時間、私の時間

「心桜、本当にごめんねー」 うか様のところからの帰り道、やっぱり私は目隠しで朔哉に手を引かれていた。 「でも、遊んでいるのは悪いと思ってたから、ちょうどいいよ」 それにうか様のところの仕事はちょっと、気になるし。 「なにかあったらなんでも言って。 すぐに私を呼んでくれてもいいし」 「朔哉は心配しすぎだよ。 大丈夫だって」 屋敷から出られないと思っていたのに、行動は制限されるだろうけど外に出られるんだよ? こんなにわくわくすることはない。 「うん、でもなにかあったらすぐに言って。 約束だよ?」 「わかった」 もう出口が近いのか、朔哉が目隠しをほどいてくれた。 差し出された小指に自分の小指を絡める。 「指切りげんまん、嘘ついたら……そうだな。 本当に心桜の目を潰して、私無しでは生きられないようにしてあげる」 「なにそれ」 私はただの冗談だと思ったんだけど。 「言わなかったっけ。 神の言霊は絶対だよ。 破ったらそれが、現実になる」 ちょっと待って。 それって幼きあの日、指切りしたのももしかして、破って誰かに話していたら本当に殺されていた……? そう思い至って身震いがした。 「まあ、心桜は破ったりしないって信じてるけど」 「う、うん」 いままでの自分の、軽率な行動が恐ろしい。 相手は神様なのだ。 嘘をついたりとか絶対に、ダメ。 屋敷に帰り着いて、今朝の服にチェンジした。 「それにしてもその指パッチン、便利だね」 「そう?」 調子に乗って朔哉がパチパチと指を鳴らす。 天照大御神様のところへ行ったときの十二単調、振り袖、巫女。 次々に服が変わっていく。 最後にまた、今朝の服に戻った。 「これってこういうのにしてって画像を見せたらできるの?」 「できるよ。 リクエストがあったらなんでも言って」 「ふーん」 パソコンはインターネットに繋がっているって言っていたし、嫁ぐときに持ってきた携帯は引き続き使えるようになっている。 今度、リクエストしてみよう。 晩ごはんは日本料理だった。 お刺身に、お汁と煮物と焼き魚、それにごはん。 「ほんとはさ。 ハンバーグとかコロッケとか食べてみたいんだよ。 でも何度言ったって絶対これ。 作り方知らないのかとこれが食べたいってレシピ渡しても、これ。 あーあ」 給仕に着いている宜生さんを朔哉はちらっと見た。 宜生さんはなにも言わずに、湯飲みに減ったお茶をつぎ足していたけれど。 朔哉はかなりご不満らしく、ぶつぶつ言いながら食べている。 神様なのに結構、不自由なんですね……。 「だったら、さ。 ……私が作るとか、ダメかな」 「心桜が?」 朔哉が面の奥で二、三度まばたきする。 そんなに驚くことですか。 「心桜の手料理……」 朔哉の口が嬉しそうに、むにむにと動く。 あ、これはネクタイと一緒で、ドラマで憧れていたとかいう奴なのか? でも傍に立っている宜生さんの口がへの字に曲がっていて、あれはかなり不満そう。 さらにはこほんと咳払いまでされてしまった。 「……うん。 気持ちは嬉しいけど、心桜にそんなことはさせられないから。 ありがとう」 「そう……」 ちまちまと焼き魚を食べている朔哉は、あきらかに残念そうだ。 私も、残念だけど。 ごはんが終わったら、タブレットを睨んでいる朔哉の隣で、携帯小説を読む。 「なに、やってるの?」 「んー? 株価の動向を見てるの。 大暴落とかすると、負の感情が渦巻いて仕事が増えるからね。 反対に高値で取り引きされていると、明るい気が満ちていいんだよ」 「ふーん」 神様も人間に振り回されて大変そうだ。 「心桜はいるだけで明るい気が満ちるからいいんだけどね」 「きゃっ」 いきなり、朔哉が抱きついてくる。 すりすりと身体を擦りつけられるとくすぐったい。 「明日からうか様のところだけど、大丈夫?」 「心配しすぎだよ。 うか様、悪い神様じゃなさそうだし」 「まあ確かに、悪い神ではないんだけど……。 性格がなー」 朔哉の口からはぁっと短くため息が落ちる。 よっぽど普段から苦労させられているみたいだ。 「できないことはちゃんとできないって言うんだよ? 無理して頑張っちゃ、ダメ」 「うん」 「何度も言うけど、なにかあったらすぐに呼んで。 わかった?」 「わかった」 同じことを繰り返す朔哉は、過保護だなーって思う。 でも私、それだけ愛されているってことだよね。 天照大御神様にもうか様にも私の目を潰さないのかって言われて、きっぱりとしないって言い切っていた。 それに愛しているって。 あ、そういえば……。 「朔哉。 うか様のところで言っていた、代替わりってなに?」 それを言った途端、うか様の態度が一変した。 これってなにか、マズいことなんじゃないのかな。 「んー、おいおい説明するよ。 それより」 するり、と朔哉の手が私の頬を撫でる。 「……そろそろ心桜を食べたいんだけど、いいかな?」 「えっ、あっ、その」 昨日、初夜を済ませたとはいえ、まだそんなことを言われるのは恥ずかしい。 でも気がつけばソファーへ、朔哉から押し倒されていた。 「……いい、よね」 耳を、熱い吐息がくすぐる。 するっと空中から取り出したリボンが朔哉の手に握られる。 「あ、あのね? ここじゃ、ヤダ」 「あー、そうか。 まだ、恥ずかしいよね」 まだってなに? まだって。 そのうち、恥ずかしくなくなるもんなのか? くすりと笑った朔哉が、私を抱き抱える。 「歩けるから!!」 「んー? 私が心桜を、抱っこしたいんだよ」 私を抱えたまま、朔哉は廊下を進んでいく。 誰かに見られたら、って心配したけれど、チリンチリン私の鈴が鳴り響くからか誰もいなかった。 「心桜」 ベッドに私を降ろした朔哉が、手にしたリボンを目に当ててくる。 「今日も目隠し、するの?」 ほどけないように強く、あたまの後ろでリボンが結ばれた。 「悪いけど、我慢して」 「……うん」 顔に触れる朔哉の手に自分の手を重ね、頬を擦り寄せる。 そして――。 目が覚めたら朝だった。 「おはよう」 「……おはよう」 私の髪を一房取り、そこにちゅっと朔哉は口付けを落とした。 昨日と同じ手順を踏んで身支度を調える。 今日はレースの掛け衿が付いた朱い着物だったけど、裾は子供用の姫浴衣みたいなスカート状になっていた。 「……こんなの、どこで知ったの?」
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