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ただしそのときには、周りの人間はもちろん、両親の記憶からは私の存在はきれいさっぱり消えてしまっている。
「……そろそろよろしいですか」
「はい」
宜生さんに声をかけられ、立ち上がる。
「元気でね。
もう私たちにはなにもできないんだから」
「うん、お母さんも元気でね」
「ふん。
お前などいなくなって清々する」
私の手を心配そうに掴む母の目も、強がって憎まれ口を叩く父の目も、涙で赤くなっていた。
「いなくなったら淋しがるくせに」
「……うるさい」
出てきた涙を拭い、無理矢理でも笑ってみせる。
「じゃあ、行くね」
「ああ、元気で」
お父さん、お母さん。
最後のわがままを聞いてくれてありがとう。
私、絶対に幸せになるから。
だから、心配しないで。
最後に、いままでの感謝を込めて、両親へ深くあたまを下げた。
「あら、雨ね」
空を見上げた母の声つられて私も見上げる。
眩しいくらいの晴天なのに、しとしとと雨が降っていた。
「本当に狐の嫁入りだな」
苦笑いの父に私も苦笑いしかできない。
「幸せになれよ」
「はい」
空元気でもいいので精一杯明るく笑う。
父も母も笑ってくれた。
介添えの女性に手を取られ、狐面の人たちの列に入る。
最後にもう一度、両親を振り返った。
目のあった父が促すように短く頷く。
私も頷き返して一歩踏み出した。
これでもう二度と、両親に会うことはない。
狐の半面を着けた、和装の花嫁行列は雨の中、粛々と進んでいく。
不思議と濡れなかったがそういうのものなのだろう。
日の光に雨粒がキラキラと踊り輝く。
空には虹まで出ていた。
まるで私のこの先を、祝福するかのように。
いつもは森を抜けなければならないのに、今日は一本道だった。
これも神の力なのだろうか。
「心桜」
案内された神殿では、紋付き袴姿の朔哉が待っていた。
「本当にありがとう」
私の手を朔哉がぎゅっと握る。
おかげで恐怖は少し、薄らいだ。
彼に伴われて祭壇の前に並んで立つ。
私に注がれる好奇と嫌悪の視線。
この中で狐面を着けていないのは私ただひとり。
完全にアウェイだが、ここでやっていくと決めたのだ。
「緊張してる?」
小さく頷いたら、朔哉がまた手をぎゅっと握ってくれた。
「私は心桜を幸せにするよ。
これは、心桜に誓うから」
朔哉が私から手を離し、厳かに式がはじまる。
ずっと朔哉と一緒にいると誓った。
どんな困難だって打ち勝ってみせる。
私は今日――お稲荷様の妻になる。
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