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第2章 神様の妻はセレブでした
「心桜、おいで」
ベッドに腰掛けた朔哉が、私の方へ手を広げる。
広いお部屋、天蓋付きの大きなベッド。
他におかれている猫足の椅子といい、あの応接室といい、ロココ調のこれらは朔哉の趣味らしい。
「……うん」
おずおずと彼の元へ向かう。
部屋は完全に洋風だが、私が着ているのは白い浴衣のような夜着だ。
朔哉も同じく。
「緊張しているかい?」
「……うん」
私を抱きしめたまま、朔哉はバタンと後ろ向きにベッドへ倒れ込んだ。
そのままくるんと器用に身を反転させて、私の上に覆い被さる。
「うんと優しくするから。
怖がらなくていい」
「……うん」
そう言われても、私は初めてなのだ。
……朔哉は知らないけど。
友達との話で最初は凄く痛いとか聞いているし、不安しかない。
「神様も、その……普通に、スるの?」
面の奥で朔哉がぱちくりと一回、大きくまばたきした。
「なにが普通なのかわからないけど、人間と同じようにするよ?」
「そう、なん、だ」
ちょっとだけ失望した。
いや、朔哉といたすのが嫌とかいうわけじゃない。
ただ、神様だったらなにか、痛くないような方法でしたりするのかなって、期待が少しあったから。
「怖がらないで。
うんと、うーんと、優しくするから」
何度も強調する朔哉がおかしくて、少しだけ緊張が解けた。
「うん」
そっと、朔哉の手が頬に触れる。
「心桜、愛している」
顔が近づいてきて、唇が重なる前に面の鼻がぶつかった。
「毎回、毎回、これほんと、邪魔だよね」
いままで朔哉と何度かキスしたけれど、いつも面のせいでやりにくい。
けれど取ってしまうと朔哉は消滅の危機だから仕方ない。
「そうだ。
心桜、目隠ししていい?」
「え?」
するりと、私の夜着から細帯をほどく。
それでそっと、私の目を覆った。
「こうやって心桜の目を見えなくしてしまえば、面は外せる」
それは、そうなんだろうけど。
これってなにかのプレイみたいなんだけど。
「どう?
私は心桜を隅々まで愛したいんだけど」
どう、とか言われても困る。
でも朔哉がそうしたいんだったら。
「……いいよ」
「ありがとう」
私の手に、ちゅっと口付けが落とされる。
少しだけあたまを上げさせて、後頭部で朔哉は細帯を結んだ。
僅かに光は感じるものの、なにも見えなくて不安になってくる。
「朔哉、いる?」
「いるよ、ここに」
ちゅっと、額に落ちる口付け。
触れられた瞬間はいいが、離れると心細い。
「朔哉?」
「ん?」
声は、する。
けれどいくら手で探っても、なにもない。
「朔哉!」
今度は返事すらない。
こんな状態でひとりにされたのかと、不安で不安で仕方ない。
「朔哉ってば!」
涙は、目隠しが吸い取っていく。
外してしまいたいが、もし目の前に朔哉の顔があったらと思うと怖くて外せなかった。
「朔哉ぁ……」
「ごめんごめん。
心桜があんまり、可愛かったから」
そっとあたまを撫でられ、額に口付けが落ちる。
その手はゆっくりゆっくりと私の髪を撫でた。
「見えないだけで心桜がこんなに私に縋ってくれるなら、あの方法を実行したくなる」
「朔哉?」
あの方法っていったい、なんなんだろう。
「ん?
なんでもないよ。
……心桜、愛してる」
唇が重なって、朔哉の舌が私の中に入ってくる。
じんじんとあたまの芯が甘く痺れてなにも考えられない。
「心桜……」
朔哉の手が、慈しむように私の頬を撫でる。
そして――。
「んんっ、あーっ!」
「心桜、可愛い」
「んっ!」
ちゅっと朔哉の唇が触れるだけで身体が反応する。
彼は丁寧に時間をかけて、私の身体を隅々まで愛した。
おかげで私の身体はゼリーのように柔らかく、あたまはバターのようにとろとろに溶けていた。
「痛い、かい?」
心配そうな朔哉の声に、ふるふると首を振る。
痛い、よりももっと。
「幸せだから」
「うん」
「朔哉と一緒になれて、嬉しい」
「私もだよ」
私を気遣うように、ゆっくりと朔哉が動き出す。
溺れてしまいそうで私は、必死に朔哉に掴まっていた。
目を開けると、朔哉の顔があった。
ただし、面付きの。
「おはよう」
「お、おはよう……」
昨晩のあれのあとだと、なんだか気恥ずかしい。
合図もなにもしていないのに、たらいと水差しを持った女性が入ってきた。
「心桜はここで顔を洗ってね」
ぱちんと指を鳴らすと、朔哉はもういつもの白シャツに黒パンツ姿になっていた。
「身支度が済んだ頃に戻ってくるから」
私を残し、彼は部屋を出ていった。
たぶん年配の方の女性に急かされて、顔を洗う。
たぶん、なのはやっぱりみんな狐の半面を着けているので、顔がわからないから。
髪を梳かれ、化粧までされ、半襦袢と短めのペチパンツのようなものに着替えさせられたところで朔哉が戻ってきた。
「ご苦労。
あ、心桜に紹介しとくね。
こっちの年配の方が環生。
それで若い方が光生。
心桜の世話係だから」
「……」
黙ってあたまを下げる環生さんには見覚えがある気がする。
婚礼のときの、介添えの方じゃないかな。
「こちらこそよろしくお願いします」
私もあたまを下げたけれど、環生さんも光生さんもなにも言わず、そそくさと部屋を出ていった。
ちょっと感じ悪いけど、仕方ないかな。
私の世話係なんてきっと、罰当番に近いものだろうし。
「それで。
心桜の服だけど……」
軽く握った手をあごに当て、朔哉は考え込んでいる。
「……決めた」
彼が顔を上げ、ぱちんと指を鳴らすと同時に緩やかな風が私の身体を包む。
まるで魔法少女みたいにその風が去ったときには着替えが済んでいた。
「これって朔哉の趣味……?」
自分は洋装なのに、私は和装。
といっても薄ピンクの着物の下には大きめ襟のブラウス、袴というよりプリーツスカートみたいなのに白ソックスで黒のパンプスだけど。
「可愛くない?
いろいろ見て勉強したんだけど」
「……可愛い」
正直いって、こんなの着せてもらえて嬉しくないわけがない。
だって、みんなと同じで巫女さんみたいな格好かなーって想像していたし。
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