第2章 神様の妻はセレブでした

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「なにもしないのは罪悪感とかあるのかい?」 「……うん」 外で仕事をしない専業主婦だって、家事や子育てをするから認められるのだ。 なにもしないでだらだらニート生活なんて、いいわけがない。 「心桜は本当にいい子だね。 人間なんて働かずにだらだら暮らしたいって願いばかりなのに」 「そんなの、よくないよ。 みんな働いてるのに、ひとりだけだらだら過ごすとか」 「本当に心桜は可愛いな」 ぎゅーっと、朔哉が抱きしめてくる。 背後で仕事をしている人たちが見ていないか気になるが……忙しすぎて誰もこちらを気に留めていないようだ。 「わかった。 じゃあ、心桜にできることを探しておくよ」 朔哉の手が私のあたまをぽんぽんする。 それは、初めて会ったあの日と同じで優しかった。 「そうだ。 心桜にひとつだけ、術が使えるようにしてあげる」 「術……?」 って、神様が使う、超能力みたいな奴のことかな。 「そう。 手を出して」 「うん」 言われて、右手を出す。 朔哉はその手のひらの上に指で文字を書いていった。 「くすぐったいよ」 「もう終わる」 最後に彼はちゅっと、そこに口付けを落とした。 途端に、ビリビリと弱電流のようなものが身体中に駆け巡る。 「これで完了」 「なに、したの……?」 手のひらを見ていたけれど、なにか変わりがあるわけでもない。 身体も、さっき一瞬感じたあれ以外、なにもないし。 「んー? これから私は心桜からうんと離れるから、百数えたら呼んでくれるかい?」 「朔哉?」 「ここは滅多に来るモノがいないところだから大丈夫。 ほら、いーち……」 数えながら朔哉が離れていく。 不安はあったけど目を閉じ、言われたとおりに数を数えた。 「にぃー、さーん、しぃー……」 周りからは物音はしない。 本当に誰もいないのは安心した。 「……九十八、九十九、百!」 一応、辺りの気配をうかがう。 もし誰かがいて顔を見てしまってはいけないから。 けれど誰もいなさそうで、そーっと目を開けた。 「……朔哉?」 どれくらい離れたかわからないが、百数える間なんてかなり遠くに行ってしまっているだろう。 呼んだところで聞こえるはずがない。 そう思いながら呼んでみたんだけど……。 「心桜」 「うわっ!」 呼んだ途端、朔哉が目の前に現れて、心臓が肋骨突き破って飛び出たかと思った。 「びっくりした?」 「……したよ、びっくり」 まだ心臓は口から出てきそうなほどばくばくいっている。 それほどまでに唐突に、朔哉は現れたのだ。 「これが心桜に授けた術。 どんなに遠くにいても、心桜が呼べば私は一瞬で傍に行くよ」 これは便利……なのか? 私は屋敷の一角から出られないのに。 「例外もあるけどね。 禁域にいれば使えない」 「禁域って?」 「んー、古い神様しか入れない、神聖な場所とか。 あとは黄泉だね」 黄泉はわかる。 黄泉比良坂(よもつひらさか)を下った先、――死者の、国。 「黄泉には絶対に行ってはいけないよ。 私たちでも無事ではいられないし、人間の心桜なんて入った途端に死んでしまうからね」 「わかった」 そんなところ、行きたいわけがない。 それに、朔哉と一緒じゃないと限られた範囲でしか行動できないんだから、関係ないだろう。 「こっちでの生活はまた追々教えていくけど。 あと知っててほしいのは、……あれ」 朔哉の指さした先には、ネモフィラのような花が帯になってずっと先から遙か遠くまで咲いていた。 「導き草っていうんだ。 その名の通り、迷った者を導いてくれる花。 こちらではどこでも咲いている。 心桜も迷ったときはこれを探すといいよ。 といってもさっきの術で、私がすぐに駆けつけるけど」 「覚えておく」 でもやっぱり……以下同文。 でもこの花は綺麗だから、私の見える範囲でも咲いていてくれたらいいんだけど。 お昼ごはんを食べ、朝聞いたとおり偉い神様に結婚の報告に行く。 「このままじゃダメだからね」 ぱちんと朔哉が指を鳴らし、私の服があっという間に変わる。 正装、だからか黒留になっていた。 「私も」 またぱちんと朔哉が指を鳴らす。 変わった彼の服は黒の、平安貴族のような服だった。 「これ、ドラマで見たことがある」 確か平安時代の、御所へ参内する正装だったはず。 「神様ってこう、卑弥呼(ひみこ)様! って時代の感じの服だと思ってた」 「ご期待に添えなくて悪いね。 私は最近の神だから、人間界の神主たちとあまり変わらない格好だよ。 もっと古い、創世記の神たちは心桜が言うみたいな格好だけど」 「ふーん」 神様にもいろいろあるんだな。 「それにしても私がこれだと、心桜と釣り合いが取れないね」 再びぱちんと指が鳴り、私の服が変わる。 今度は、十二単のようなものになった。 「よその神社の、巫女舞の衣装を参考にしてみたけど、これならいいかな」 淡いグリーンの着物は綺麗だけど、一番偉い神様に会いに行くのに、いいのかな。 「正装じゃなくていいの?」 「人間には特に、決まりがないんだ。 そもそも神が人間を妻に迎えるなんて滅多にないからね」 「なら、いいけど」 朔哉は笑っているけど、ちょっとだけ引っかかった。 なら、昔話なんかで神様の嫁になった人たちはどうだったんだろう。 「じゃあ、行こうか」 庭の隅には稲荷大社でよく見かけるように、朱い鳥居が遙か彼方まで連なっていた。 「ここを抜けると行きたい場所へ行けるんだ。 あ、それから」 するっと空中から、朔哉は広幅の紐を取り出した。 「心桜には悪いけど、目隠しをさせてもらうよ。 理由は、わかるよね?」 「うん」 私が、神様の顔を見てはいけないから。 「ずっと私が手を引くから、心配しなくていい」 そっと朔哉の手が、私の手を掴む。 少しだけ心細くて、ぎゅっとその手を握る。 「絶対に離さないから、安心して」 「うん」 朔哉に手を引かれ、そろそろと歩く。 「朔哉」 「ん?」 「その、着くまででいいからなにか話していてくれないかな」 光は感じるとはいえ、なにも見えないのは恐怖を掻き立てる。 手を掴んでいるのが朔哉だとわかっていても、本当に彼がそこにいるのか不安になった。 「いいよ。 そうだなー、新婚旅行に行かなきゃだよね。 どこがいいかな」 朔哉の声はとっても楽しそうで、その証拠に繋いでいる手が上下に揺れる。 「どこって神様の世界にも観光名所とかあるの?」 「あるよ。 最初に陸地ができた、於能凝呂島(おのごろじま)とか。 天照大御神様が閉じこもった岩屋とか。 温泉だってあるんだよー」
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