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終章
私が扉の前に立つと、後ろから彼氏がとぼとぼと付いてきた。私の横には、さっきから何度も謝り続けているおばあさんと、その後ろでむすっとした顔を浮かべるおじいさんが立っている。
「ほんとにこの人がもう、すみません」
おばあさんが今日何度目かのすみませんを、私だけに聞こえるように、囁いた。
「いえ、彼が余計なことしちゃったから……」
「いいえ、こっちが悪いのよ。彼はただ親切に席を譲ろうとしてくれただけでしょ」
親切だけじゃないだろうな、とも思いながら、私は小さく笑って頷いた。
「あの人が変に見栄張っちゃったから……。ほんと、馬鹿な爺さんで」
「いえ……」
こちらこそ馬鹿で……と続けそうになったが、それは自重した。
電車はどんどんスピードを落とし、駅のホームに近づいていく。そこでおばあさんは、私に目配せをしてから口を開いた。
「でも男の人って、好きな人の前じゃ、あんなもんなのよ。だから、許してやってね」
おばあさんは特に小さな声でそう言い、悪戯っぽい笑みを浮かべた。それを見ると、私は自然と、おばあさんと同じような笑顔を作っていた。
電車が停まり、扉が開く。私は最後におばあさんに頭を下げ、ホームに降り立った。振り返ると、彼氏が肩を落としてこちらに歩いてきている。
「ほら、行くよ」
私はそう言うと、彼に笑顔を見せた。
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