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転入生
朝、田植え前の水田が照らし出され輝き出す。
眩しさに目を細め加藤清弥は畦道を進んでいた。
袴を履き、右手には槍を左手には紐で束ねた本を持っている。艶やかな黒髪は赤いリボンで一つにまとめられ、凛とした眼で前を見つめ、大股で歩く。
清弥は体力づくりのためにも陸上部に入っていて、いつも朝練をしに早くから学校に行っている。
今朝も人気の少ない校門を通ったが、
「……すみません」
といきなり校門から人影が出てきて槍を持つ手に力が入った。
目の前にがっしりとした体つきの大きな男が立っていて、鋭い目つきをしている。
「あの、すみません。職員室教えてもらえますか?」
「何の用ですか?」
時々、人さらいが起きているため、不審者が入らないように気をつけなくてはいけないのだ。用心にこしたことはない。
この時代、日本は二つに分裂している。
清弥が生まれる百年程前、第三次世界大戦が起こり、日本は非参戦派の和国と参戦派の日国で分かれた。
両国は互いの国を認めたものの、ずっと停戦のような状態で、いつ襲われるかわからず、国境は緊迫したままだ。大戦の方も地球滅亡を恐れた国々が停戦を結んでいる状態である。
和国民は術を身につけ身を守ってきた。特に国境近い遠江(静岡県西部あたり)では重視されている。国境は富士の近くの大井川となっていて、清弥はその遠江に住んでいた。
術は大きく分けて、祈祷系の奇術師と武道系の武術師がある。
清弥は武術師を目指し武術科に通っている、高校二年生だ。その高校は湖浜高校。浜名湖の南東に位置する。
和国は日本古来の生き方を選んだが、以前の日本のシステムを受け継いでいる部分もあり、義務教育が高校まで延ばされているのだ。
「あ、あの、今日からここで学びにきました。なので……」
高校生と思えない見た目の男を清弥はいぶかしげににらむ。
その時ーー、
「加藤、どうした?」
後ろから静かにやってきた長身の男子が清弥の肩をたたいた。
長身だが不審な男と反対にスラリとしていて若々しく、優しい笑みを浮かべている。左腰には刀が挟まれている。同じ部員の三年生、石田光明先輩だ。
石田先輩は話を聞くと、案内をかってでて、男と木造の校舎に向かって行った。
石田先輩も武術科で多少腕はたつ方で、何かあっても大丈夫だろうと清弥は考え任せることにした。
清弥はいつも通り部室に行くと、着替えてランニングシューズをはき、朝練を始めた。
体操着はティシャツに短パンそしてジャージだ。和国の服装は基本和装だが、運動着や作業着は動きやすさを考慮されている。
清弥は独りで準備運動をすると、運動場をゆっくり十周でも走ろうかと考え、運動場の外側を黙々と走り始めた。
陸部の朝練は個人個人自由。基本いつも独り朝練だが――、
「さっきの、やっぱり転入生だったよ」
五周目に入った頃、後ろから石田先輩の声がかかる。体操着を着た石田先輩が走ってきて清弥と並ぶ。
「そうでしたか。ありがとうございました」
清弥は素っ気なく返す。
「ちょっと僕もびびったけどね」
石田先輩はニッと笑い、いつもの優しい笑顔がより輝く。
だが、この笑顔を清弥は危険視する。
(この優しさに釣られて犠牲になった女子は何人いることか……。本人に悪気はないんだけどね……)
石田先輩をあまり見ずにたんたんと走り続ける。
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