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気
「集中して。もう一回」
「はい」
運動場に響き渡る声で黒田先生に指示を受け、生徒はもう一度50M走のスタートラインに立ち、ゴールにある的を狙って構えると、集中して弓を引き、矢を的に当てた。
「うーん。まだまだ気が出てないねぇ。力任せじゃなくて、中にある気を一緒に乗せて、気だけで飛ばせるように……」
武術科も黒田先生の授業を受けることになった。
防人でもっと動けるようにするため、二年生も奇術科と合同授業が組まれる事になったが、その前に気を扱う練習が行われたのである。
「ギャオー」
時々、先生の隣に繋がれている竜の子供が吠える。
「うーん。遊びたいのかね……。
そうだ。福島、たっちゃんと鬼ごっこでもして遊んであげて」
黒田先生はみんなの前では名前ではなく苗字で福島を呼んでいた。
福島は明らかに嫌な顔をしている。
「何で俺が……」
「だって、福島は気が使えるから授業受けなくても大丈夫でしょ。
竜を気で扱うのも練習のうち」
黒田先生はたっちゃんと名付けた竜についていた紐をほどいて笛をちょっと吹いた。
すると、竜は福島の方へ突進していく。
「え、ちょ、ま――」
福島が走り始め、竜も追いかけ始め――、二つの影は運動場をかけずり回りだす。
途中、竜が火を吹いたり跳びかかったりしていて、福島は避けたり防いだりしながら走り続けて大変そうで、確かに良い訓練になりそうだ。
「次、加藤」
笑いながら福島の様子を見ていると、清弥の番が来た。
清弥は深呼吸し、学校で貸し出されている弓矢を掴む。
「加藤の分野は槍だよな。槍でやれ」
黒田先生の指摘がすかさず入る。
「はい……」
清弥は槍でこの距離の的に届いたことがない。
黒田先生が言うには、得意分野でやるのが一番気を出しやすいとゆうことらしいが、的が遠すぎてやる気がおきない。
けど、気を使えれば楽に届く距離だと黒田先生は言っていて、実際に弓矢以外で当てている者もいる。
清弥は槍を取り、スタートラインに立って大きく深呼吸をする。
そこから10Mくらい下がる。それからスタートラインまで全速力で走って、思い切り飛ばし――、槍は何とか50Mまで届き――、的には当たらなかった……。
「加藤も力任せだけじゃダメだぞ。はい、もう一回」
黒田先生は式神を使って槍を清弥の元に戻す。
清弥は今度は助走をつけずに、届けと念じながら手だけを前に突き出して投げてみる。
……。
案の定、まったく届かずに槍は落ちた。
黒田先生は何も言わずに清弥の元に槍を戻すと、次の人との交代を告げた。
清弥はできない、気の扱い方が全然わからない自分に嫌気がさす。
授業終了前に黒田先生はみんなに聞いた。
「この的当ては難しいと思う人、手をあげて」
けれども、誰も手はあげない。清弥も何だかあげづらい。
それを見て、黒田先生はニヤリと笑う。
「じゃぁ、次からはたっちゃんの相手もしてもらうことになるけど……」
生徒からはブーイングがおこり、手があがりだす。
「それなら、放課後、特訓します」
と、黒田先生は楽しそうに宣言し、生徒はエーと叫んだ。
「忙しい黒田様が君たちのための時間を作ってあげるんだ。ありがたく思え。
まぁ、参加は自由でいいから」
そう言うと、黒田先生は終了と言って校舎の方に竜と共に戻っていった。
「黒田先生って、厳しいというかちょっと変わってるね」
清弥は福島に話しかける。
「ああ……」
この授業でとても疲れた福島が力なく答えた。
清弥は、二学期の始めに黒田先生と会った福島が何で嫌な顔をしていたのか、何となくわかる気がしてくるのだった。
その日の放課後――。
どうしてもできるようになりたかった清弥は、黒田先生の特訓に指定された武道場に向かった。清弥の他にも何人か来ていて、独りじゃないことに清弥はホッとした。
黒田先生は来た面々を確認すると、式札で猫を人数分出没させ――ニャァニャァと武道場が騒がしくなる。
「これを倒してみて。
ただ刺したりしただけでは倒れぬ。
けど、自分の中にある気を一緒に出してうまく刺せれば消える」
「先生……」
女子生徒の一人が手をあげる。
「何だ?」
「あの、猫だとかわいそうでできません」
それを聞いて黒田先生はワハハと笑う。
「あれは式神だ。意外と狂暴にしといたから、君たちが闘うにはちょうどいいと思う。
それに、最近は魔物がうろついているだろ? あれも、見た目を可愛らしくして騙してくるものもあるから、いい対策になる。
じゃ、頑張れよ」
そう言うと、式神が動き始めた。
猫らしくシャーシャーと威嚇しながら、生徒を追いかけ始める。
清弥も初めは、猫がかわいそうで槍の柄で追い払う程度しかできない。
けど、そうこうしている内に、どんどん猫は大きくなって――、狂暴さを増していき――、腕や脚を引っかいてきたり噛みついたりしてくる。
「やらないと痛い目にあうよー」
黒田先生は様子を見ながら、いつの間にか書類を持ってきて他の仕事をしている。
清弥はやけくそになって式神猫を刺す。
けれども、式神猫は刺しても実感がなく、空気を刺しているだけのよう。
気を使わないと倒せないと気付いた清弥は、気を出そうと集中ししてみる。
けど、体を動かしながらそれに合わせて気を出すのは難しい。
気に集中すると槍使いがうまくいかないし、槍をうまく動かそうとすると気を出すことを忘れてしまう。
そうしてしばらく格闘していた清弥は、動きを忘れて気だけに集中してみたらどうかと、思いつく。
自分からではなく、式神猫から槍にあたってくるのを待つ。その瞬間に気を出すことに集中すればできるかもと。
清弥は槍を構えて立ち止まり、集中する。
なかなか式神猫は槍に来ない。脚をひっかいたり噛みついたりしてきて痛いけど、我慢だ。
そして――、式神猫が槍の前に来る。
清弥は槍を出すよりも、気を出すつもりで槍を持った手を軽く前につき出す――。
槍の先が式神猫にあたった瞬間、猫は消えて、札が落ちた。
清弥は自分ができたことに驚きながら、それを拾った。
その日から、清弥は毎日のように放課後の特訓を受けた。授業ではないせいか、内容はだいぶ変わったものだった。
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