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授業が終わり、昼食の時間になった頃、雨が降り出す。しかもすぐに終わりそうもない大降りだ。
傘を持ってきてなかった清弥は憂鬱な面持ちで外を眺める。
人と関わらない清弥は誰かの傘に入れてもらおうとは考えない。水溜まりができていく校庭を見ながら、空を読む力があればいいのにと思う。
奇術科では空を読む授業があり、授業を受けなくても元々そのような力が備わっている者もいる。
武術科でも、そういう能力を持っている者もいて、第六感をコントロールして使う気の力と身体能力が必要な武力をあわせもって闘える者は強かった。
きっと、転入生の福島も両方使えるたぐいだろう。
昼食後は清掃と時には学活もして、帰宅か部活動の時間となる。日が暮れると街灯がほとんどなく暗くなるため、午後の授業は無いのだ。
今日の大雨では外の部活はできず、「陸上部は帰宅か個人の自由活動で」との報告が昼食の間に来た。
昼食後、掃除が終わると、清弥はさっさと帰るべく校舎を出る。荷物を雨にぬれないように懐にしまい、意を決して走り出す。
目指すは最寄り駅。清弥は電車通学で、いつも片道三十分くらい乗っている。
和国では車が使われていないが、電車は車より環境に優しいとかで使われ続けている。
学校から駅までは徒歩で十分くらいで、清弥が走れば五分もかからないから、濡れる時間はだいぶ短縮できる。
が――、ぬかるんだ畦道を走っていると、後ろから近づく足音が聞こえてきた。清弥が頑張って足を早めても、その音は近づいてくる。
「まって……」
雨の音に混じってかすかに声が聞こえてきた……まってと。
仕方なく立ち止まり、振り返って近づいてくる者を見やる。
福島だった。
蛇の目傘を持っているが、ささずに駆けてくる。
雨にぬれながら走ってくる福島は迫力が増していて少し恐く、清弥はこのまま逃げてしまおうかと思ったが、追いつくまで待ってみることにした。
「どうぞ……」
追いついた福島が傘をさして渡してきた。
いきなりのことに清弥は固まったが、
「いいよ。福島君が使いなよ。私はだいたいいつもこんなんだから大丈夫」
と清弥はすぐにまた走ろうと踵を返す。
人と関わりたくないし、わけのわからないことをする人とは余計関わりたくない。
「あのぉ、今朝は、申し訳なかった!」
「え?」
福島の意外な言葉に清弥は立ち止まる。
「だから、これで許してもらおうというつもりはないけど、入っていってほしい」
「いや、悪いのは私のほう……」
福島が首を振り、傘を差してかざしてきて、清弥はとりあえず入ることにした。
掃除を終えて猛ダッシュで飛び出していて、周りには誰もいない。変な言いがかりをまたつけられる心配もないだろう。
「福島君も入りなよ」
福島自身はほとんど傘に入らずに清弥の上に傘をさしている。
「今朝は恐い思いをさせてごめん」
福島が雨にうたれながら頭を下げてきた。
「いや、私も警戒しすぎたし。福島君は悪くないよ。
ごめん。
福島君も傘に入りなよ。今の状況の方が恐いし」
福島はそうかと、うなだれながら傘に入った。
「また恐い思いをさせたみたいでごめん」
「いいって。私は大丈夫だから」
大したことでもないのに、何度も謝ってくる相手に清弥は少しイライラしてくる。
「そう……。俺、こんな風貌でよく恐がられるから……。
けど、俺はできるだけ女、子供は傷つけたくはないんだ。
だから、ちょっとでも不安な思いを加藤さんにしたことを謝りたかった」
それを聞いて清弥は吹き出す。
「ありがとう。
女扱いしてもらったのは始めてかもな。あ、子供扱いだった?」
「あ、いや、女性として……。男は女性には優しくなければならないから」
「そっかぁ。私は見た目女でも、中身は男みたいなものだから、気にしないで」
「うん……」
納得がいかないふうな福島に清弥ははっきりと言うべく、目をすえる。
「むしろ、女性として扱われると蔑まれているみたいで嫌だ」
「……そうか。ごめん」
福島は清弥の言葉に一瞬固まったが、また謝った。
これで何回目だろうか。
「だからさ――、私は大丈夫だって。そんなに心配されるほど弱くない。
女だからって見下さないでよ!」
「うん……。わかった……」
清弥のキツイ口調に押されて、福島は静かにそれだけ答えた。
二人は押し黙り、雨の音に包まれて駅まで歩く。
「入れてくれてありがとう」
駅舎に入ると、清弥はすぐに福島から離れて改札へと向かう。
「あ、俺、西だけど、加藤さんは?」
「東」
「そっか。あの……」
「もう謝らないでよ?」
清弥はそう半分笑いながら振り向く。
「うん。これからは対等に思う故、同級の仲間としてよろしくお願い致す」
福島が頭を下げてきた。
律儀すぎる姿に清弥は愛おしさを感じつつ、
「うん。よろしく」
と答えた。
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