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竜
二学期に入り、いつも登校するとき通る畦道を清弥は用心しながら進む。
朝日はあまり届かず、辺りは薄暗い。
最近は暗い時間帯に魔物がうろつくようになっていて、薄暗い朝にも時々見かけられた。
以前は術で魔物を封じ込めていたが、今は日国から防御するのに手一杯で、魔物を抑える力が弱まっていた。
それに、日国から魔物を操っているとも言われ始めている。
「こんな状態なのに何で学校があるんだよ……」
清弥は不満をもらし、人さらいや魔物がいないか神経を集中して学校を目指す。
ガサガサ……。
「⁉」
空地の葦の草むらから音がして、清弥は立ち止まった。
槍を前に出して身構えると――、黒い影が姿を現す。
(え、熊?
――いや、違う。角……牙……鱗……?)
清弥があっけにとられていると、熊のように大きいその獣は狂ったように突進してきた。
清弥は思わず、それの腹を槍で突く。
けれど、獣はまだ動き回って噛みつこうとしてきて――、清弥は柄でそれを払い避ける。
(ん? 空耳じゃないよね?)
清弥が格闘していると、笛の音が突如流れてきた。それは、どこか哀しげな音色。
すると、目の前の獣は襲うのを止めて静かになった。
笛の音がしている方を見ると、女性が横笛を吹いている。切れ長な目が美しい人が。
清弥がその人と笛の音にみとれていると、女性は吹くのを止めて清弥の方に来た。
「大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございました」
女性は微笑むと、大人しくなった獣の方に向かって行き、獣を優しくなでる。それから、清弥が傷つけた獣の腹に手を当てて呪文を唱え始め――、呪文が終わり、手を退けた時には傷は無くなっていた。
「これは、竜の子供だ。竜は笛で語りかければ応えてくれる」
「竜、いたんですね。始めて見ました」
「今まで国が管理していたからね。最近は管理しきれていないみたいで、竜も混乱しているようだ」
「そうだったんですか」
「君は、湖浜高校生?」
「はい」
「私は臨時講師で来た。黒田麻月先生だ。よろしく」
先生と聞いて、清弥は驚いた。
「あ、はい。よろしくお願いします。
え、えっと、私は武術科二年の加藤清弥と申します」
「あいつと一緒かぁ」
そう言った黒田という先生は、クフフと笑いを堪えている。
「?」
「正隆……、福島正隆と同級でしょ? よろしくね」
黒田先生は突然そう告げ、戸惑う清弥の肩を叩く。
呆然とする清弥をよそに、黒田先生はまた笛を吹き始め、「この竜は授業に使えるかな」と呟き、竜と共に先に学校に向かっていった。
黒田先生と福島は知り合いのようだ。
清弥はさっきあったことを頭の中で整理しながら教室に向かい、福島と早く話したいと思う。
けど、福島にだいぶ会えていなかったから、ちゃんと学校に来るか心配だ。
「おはよう」
清弥の声が教室に響く。
福島がいたわけじゃない。清弥は福島がいなくても、元気にあいさつして教室に入れるようになっていた。
先に来ていた何人かが「おはよう」と返してくれる。
みんなあまり変わりない。ちょっと栄養不足気味なくらいだ。
作物がほとんど採れなくなっていたけど、非常時用に穀物や乾物の蓄えがあった。
しかし、それにも限りがある。今の状況が長引けば、危険だろう。
「え⁉ やせた?」
清弥がいつもの席に着くと、教室の入口の方で、ざわめきが起こった。
そのざわめきの中心を清弥は見て目を見開く。
福島がやせていた。
と言うより、筋肉だるまだったのが引き締まった感じだ。
まるで、陸上の長距離選手みたいにシュッとしていた。
「忍者隊行ったら、結構しごかれたし、飛び回るためにしぼらないといけなかったからね」
と、本人は照れ臭そうにしている。
清弥は囲まれている福島を見て、黒田先生のことは後で話そうと考えた。
教室内での話題は、福島の次に、竜とそれを連れてきた新しい先生の話で盛り上がっていく。
黒田先生は奇術科の担当だったから、興味津々な武術科の生徒は授業を抜け出して奇術科に見に行ったりしていた。
清弥はそんな周りの行動を遠目で見ながら、なかなか福島に聞けずにいた。
道場へ移動する時、清弥はこの機会を逃すまいと福島についていく。
「あのさ……、」
奇術科の前を通る時に聞いてみようかと話しかけたが、福島が足を止める。
ちょうど黒田先生が出てきたところだった。
「あ、正隆。と、加藤さんだっけ?」
「はい」
黒田先生が笑顔で話しかけてきて、清弥も笑顔で答える。
福島はその様子を怪訝そうに見ている。
「正隆、私、ちょっとここで働くことになったからね。じゃ、私は忙しいから」
簡潔に福島に伝えると、黒田先生はさっそうと廊下を歩いていった。
「知り合いなの?」
と、黒田先生の前で黙っていた福島が口を開く。
「むしろ、私がその質問をしたいよ。
私が会ったのは今朝だよ。来る時に、竜の子供に襲われたとこを助けてくれたの」
「そうだったのか。じゃぁ、話題になってる竜はその時の?」
「そう……。で、正隆って言われてたけど、親戚とか?」
「うーん。昔、近所で、よくかわいがってもらってたんだ……。
いろいろと、ね……」
「そうだったのね」
福島が肩を落としてため息をつく様子を清弥は見て、それ以上はなんだか聞きづらかった。
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