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大学への進学に伴い、東京での一人暮らしを始めた聡の生活は、やっと落ち着いてきた頃だった。根っからのオカルト・ホラーマニアだった聡には、かねてより試してみたかった、好奇心に起因するある野望があった。一人暮らしという、親の制約から解放された環境は、それを試すのにはうってつけの場だ。
ある夜、バイトから帰宅した聡は、画面の中心にちょうどベッドが映るようにビデオカメラを寝室の一角に据えた。聡は、実家から引っ越すときに、撮影が趣味の父の部屋から、今はお役御免となった赤外線ビデオカメラをくすねて来ていたのだ。
翌朝、聡はビデオカメラをテレビにつなぎ、昨夜の映像を再生した。不安と昂揚の混合物が伸し掛かり、固唾を呑んでスクリーンを見つめた。映っているのは、もちろん聡だ。
画面の中の聡は、ビデオカメラをセットし終わると、電気を消してベッドに潜り込み、暫くの間スマートフォンを弄る。ブルーライトに照らされた聡の仏頂面の他には、液晶に映るものは何もない。ここで画面が暗転する。すぐにビデオカメラは赤外線モードに切り替わる。ついに聡は眠りについたようだ。だが、ホラー映画や心霊特番にありがちな展開が起こるわけでもなく、聡は案の定の失望を感じながら早送りボタンに指をかけた。
早送りにしたところで、聡の呼吸による布団の微かな脈動が速くなるだけであったが、ここで聡は異変に気付く。寝室のドアが、じわじわ、じわじわと、徐々に開いていく。早送りでさえ相当ゆっくりだったのだから、実際にはドアが完全に開くまで相当な時間を要しただろう。ドアが開き切ったところで、思わず早送りを止めた。
入って来たのは、男だった。背丈は聡と同じくらいであろうか。その右手には、刃渡り15センチは下らない出刃包丁が握り締められている。脇から冷たい汗が流れ、側腹を滑り落ちた。男は掛け布団を剥ぎ、熟睡している聡を抱き上げ、床に静かに横たわらせた。続いて男は聡の横に跪き、両手で大きく包丁を振りかざす。反射的に画面から目を背ける。
もう一度画面を目にしたときには、全てが終わっていた。聡の左胸から、包丁の柄が垂直に突き出していた。男は息絶えた聡の死体を軽々と担いで寝室から出て行った。
1時間も経っただろうか、男は、何も持たずに再び戻って来て、ご丁寧に床に垂れた血を掃除して、ベッドに潜り込んだ。
窓から光が差し込み、赤外線モードがオフになる。男は起き上がってすぐにカメラの方に向かってくる。三脚から取り外されたカメラは天井を仰ぎ、映像はそこで途切れた。
行き場のない恐怖で、聡は声にならない叫びを上げた。鏡の自分と目が合う。恐怖に引きつったその顔は、紛れもなく聡のものだった。
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