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10.日本最古の男の娘
「ぴえええええ!!!!」
「突然の奇声! だが俺はまだ入り口にも入っていない!」
かやぶきの炊事場に行ってみれば、入り口に靴先がかかったところで叫び声が上がった。オオゲツヒメの声だ。もしや俺が来たことに気付いたのでは。
もう一つの可能性としては、中で何か事件が起きたのかもしれない。
なら中に入って確かめなきゃいけないが、入るに入れない。
もし、ここで無理に中に入ってしまえば、オオゲツヒメのトラウマを刺激してしまい、また高天原が次元の消失に巻き込まれるからだ!
俺は詳しいんだ!(前科三犯)
(お、俺は一体どうすれば……!)
ドドドドドド。
無駄に劇画調になりながら、入り口で固まっているイザナギ。
一つ間違えれば高天原が吹っ飛ぶ。
イザナギの頬をつつーっと汗が一筋流れ落ちた。影が差す。顔が濃い。ドドドドドド。
そんなやけに重苦しい劇画調の世界を、中から聞こえてきた軽やかな声が破った。
「あ、おかえりなさいませ、ご主人様っ♡ お神酒になさいます? 禊になさいます? そ・れ・と・も? ア・タ・シ?♡」
ぴょこんと炊事場の暖簾を上げて出てきたのは、巫女服姿の華奢な女の子だった。
――が、劇画調の世界のままだったイザナギは、つい女の子に襲い掛かった。
そう、暴力の世界では、突然声をかけることは死を意味するのだ―――!(※しません)
「はわわっ!?」
突然の暴力の前になすすべなく恐怖する少女! 眼前に迫った拳に眼を見開いて固まっている。
……かと思いきや、スパーンと軽やかにカウンターをかましてきた。
そうしてわくわくした口調で何か言い出した。
「危機に少女を助けてくれる王子様は現れるのか! 早くしろー! 間に合わなくなっても知らないぞー!」
何ということでしょう、少女は自分でナレーションをしだしました。しかも、棒読みの上、片手でイザナギの攻撃を捌いているのです!
もはや、イザナギはこの少女の正体に気付いていました。
「そう、ここにいるのは片手で俺の攻撃捌きながら余裕でネタをはさむ女! そんな女をいったい誰が助けにくるというのか、ゴフッ……そもそもお前のような女がいるか、おいこらヤマトタケル、そろそろやめt……ゲバラァ」
防御の合間合間に、少女(?)のカウンターが面白いように決まり、イザナギは瞬く間にボコボコにされていったのだった……。
この少女(偽)、かつては神様殺しに手を染めかけた神である。
大和朝廷に逆らうものをことごとく血祭りにあげたその実力はいまだ健在。名をヤマトタケルノミコトという。このなりでもれっきとした男神である。
ちなみに、日本最古の男の娘でもあった。ここ大事ね。
ヤマトタケルは拳を下ろして、小首をかしげた。
「オオゲツヒメ様がおびえてらっしゃるので、誰か男神がいらっしゃったと思っていたのですが……どなたかと思えば、イザナギ様ではありませんか。もう、いきなり襲い掛かるなんてひどくありませんこと?」
拳から煙をたたせている人がそれをいうか。
頭やらほっぺたやらに漫画のようなたんこぶをこさえているイザナギはぶーぶーと抗議した。
「俺だと気付いてからもボコボコにする手を緩めなかったお前には言われとうないぜよ。しかしあの悲鳴、やっぱりオオゲツヒメだったのか。入らなくてよかった」
「男神はオオゲツヒメのトラウマですからねぇ。私みたいに女装すれば別ですが。いやはや、危うく高天原が消滅して『またイザナギか……』って言われるところでしたね。それで、何か御用ですか? つまみ食いですか?」
微妙にイザナギに対して敬意がこもっていないヤマトタケルであった。
「ちゃうって、なんか忙しそうだから手伝うことないかなーって。純粋な善意ですよ、はい」
んー、とヤマトタケルは思案顔になった。
……こうしてみるとやっぱり美少女だなこいつ。さすが女装して酔っ払い会場に潜入しただけのことはある。
まぁその宴会場、ヤマトタケルによる血みどろフィーバーになったけど。神話の時代はみんなはっちゃけてたからね、しかたないね。
「んー、オオゲツヒメ様がパニックになると困りますので、炊事場には入れない、となると、えーと……そうですね、うん、配膳のお手伝いして頂けたら嬉しいです。炊事場のすぐ外に長机出して、そこにお料理並べておきますので、会場まで運んでいただけますか?」
「やっぱりそれが妥当かー。りょーかい」
「あと、く・れ・ぐ・れ・も、炊事場は覗かないようにお願いします。いいですね?」
にっこり、とヤマトタケルは威圧感たっぷりに笑った。ゴゴゴゴゴ。
クドイぐらい念を押されるが、高天原消失の前科が三犯もあるイザナギである。文句をいえる立場ではなかった。
「さ、サー、イエッサー!」
「あれ、イエスサーなんですか?」
「イ、イエス、マーム」
すでに力関係が逆転している二人だった。
日本最古の神イザナギとは一体……。
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