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11.女神監禁事件
炊事場前の長机から料理をとって、とっとこと会場に運んで行くイザナギ。
勿論炊事場は覗かなかった。日本の神々一の武闘派であるヤマトタケルの前で禁則を冒す気にはなれなかったのだ。当たり前だよなぁ(哀)
ヤマトタケルはその様子をニコニコと手を振りつつ見送っていたが、イザナギの背中が遠ざかると、ふぅとため息をつきながら髪をかき上げた。
「ふー、相変わらず無意識にひっかきまわすのが得意な御仁ですねぇ。久々に焦りました」
口調の軽さに反して、その目は厳しい。
「さすがに炊事場の中見られたら、言い訳のしようがないですからね」
ヤマトタケルは苦笑して肩をすくめ、炊事場に入っていく。
なんと炊事場の中は、監禁事件の犯行現場になっていた。
さるぐつわを嚙まされたオオゲツヒメと、青ざめた顔でオオゲツヒメを椅子に縛りつける『もう一人のヤマトタケル』。
……確かにこれは言い訳のしようがない。
イザナギに見られたら、計画はおじゃんだった。安堵のため息の一つも出る。
ヤマトタケルは苦笑した。
「すみません、オオゲツヒメ様。これも日本の神々のためには仕方のないことなんです」
諄々と諭すような口調でヤマトタケルは説得するが、オオゲツヒメはムームーと必死に唸り声をあげた。
「ああ、お料理なら心配しないでください。黄泉の国のデリバリー頼んでいますので、今頃イザナギ様が宴会場に並べているはずですよ」
そういって、ヤマトタケルはにっこりと笑った。
(よりによって、『黄泉の国』の料理、ヨモツヘグイを――!)
その意味を正確に解して、オオゲツヒメは目を見開き、……途端に暴れ出した。
『もう一人のヤマトタケル』が泣きそうな顔で、オオゲツヒメの縛られている椅子を抑える。荒い息と椅子の足がガツガツと床をたたく音が重なった。
しかし、さるぐつわの方は縛り方が緩かったのかするりとほどけてしまった。これ幸いとオオゲツヒメが吠える。
「ぷはっ。あ、あなた自分が一体何をしてるのかわかってるの?! 世界の神々を黄泉に誘拐するつもり?! 戦争になるわよ! 高天原なんかひとたまりもない! 一切合切なにもかも滅ぶわ!」
「それは失敗すれば、の話でしょう? 大丈夫ですよ、オオゲツヒメ様。ヨモツヘグイさえ食わせればこっちのものですから。この国に視察に来た海外の神々は一人も残さず全滅させて差し上げます。そう、このヤマトタケルの名に懸けて、ね?」
そういってヤマトタケルは微笑んだ。
「おかしいわよあなた……」
説得の声も届かない。どうしようもなくなって、オオゲツヒメはうなだれた。
「おかしいのは世界の神々ですよ。イザナギ様たちは、800万柱の証拠をそろえれば正義の女神殿にわかってもらえると考えておられるようですが、私からすればお甘い。それはもう激甘です。向こうのやり口はあからさまに度を越している。日本の神々を全員死刑なんて、これじゃ戦争吹っ掛けられてるのと同じだ。はなっから話が通じる相手じゃないのに、どうして交渉の余地があると思うんです?」
「そ、それは、……」
オオゲツヒメは口ごもり、……結局黙った。
一体何が正しいんだろう。
イザナギもヤマトタケルも、日本の神々のために動いているのに、どうしてこんなにすれ違うんだろう。どうすればいいのかもわからなかった。
「その点私は、話の通じないやつの相手ならごまんとしてきた。それこそ神世の時代から今に至るまで。大丈夫、イザナギ様たちの働きも無駄にはしません。今のやり方なら連中をうまく油断させられるでしょうし」
「……、現人神候補生はどうするのよ。彼らはただの人間よ。もし神々の争いに巻き込んでしまったら……」
いいよどむオオゲツヒメに対し、ヤマトタケルはきっぱりと言い切った。
「巻き込みません。やつらとやり合うのは私を含む日本の神々だけだ。まぁ、我々の中でも武闘派じゃない神々は遠慮してもらっても構わないんですが。最悪、私一人VS世界の神々でも問題ないんです。こちらのリングに引き込んでしまえば、我々の勝ちだ。たとえ私が死んでも、やつらは逃げられません」
「そううまくいくわけない!」
オオゲツヒメは悲鳴のごとく叫んだ。
ヤマトタケルの方法は、やけっぱちの極致のようなやり方だ。一人で何千もの神々と渡り合えるわけがない。
しかし、ヤマトタケルは揺るがなかった。
「うまくいかない? いいえ、うまくいかせるんですよ。私は勝つためには何でもします。兄を殺したときも、熊襲の王を殺したときも、友人になった男を殺したときも、いつだって私は私のやり方で勝ってきた」
それはヤマトタケルの戦歴だ、人生のすべてをかけただまし討ちの数々だった。
人から見ればけして褒められたやり方ではないだろう。現に罵られたこともある。
だがヤマトタケルは己のやり方が誇らしかった。
誰かを守るためにはためらってはならない。それがヤマトタケルを完成させた信念だった。
「だから、今度もうまくいきますよ」
そういって、ヤマトタケルは軽やかに笑った。
「重要なのは、黄泉の国の食べ物――ヨモツヘグイを神々にだけ食べてもらうことですよ。間違っても現人神候補生に食べさせてはいけません。もし現人神候補生達を、神々の黄昏に巻き込みたいなら、話は別ですが。……やだな、そんなことしませんよ。さすがの私も守るべき人間はわきまえているつもりです」
ヤマトタケルのすべてを呑み込んだ覚悟に、オオゲツヒメはもう何も言えなかった。何を言おうと届かない。
『もう一人のヤマトタケル』は、同情したようにオオゲツヒメを見つめていた。
そのころのイザナギ――。
なんと、宴会場に行くどころか、炊事場から運んできた料理――ヨモツヘグイを、そうとは知らず現人神候補生たちに弁当として配りまくっていた。
現人神候補生の一人が恐る恐る尋ねる。
「い、いいんですかイザナギ様? 神様にお出しする料理を我々が頂いても……」
イザナギはニコニコと頷いた。彼は何も知らなかった。
「いいのいいの~。神々が宴会で飲み食いしまくっているというのに、君らが食べられないって不公平じゃん。あ、でも食べるなら宴会中にこっそり食べなよ? 酔っぱらった神様に無理強いされたって言い訳できるし、それなら咎められないからね~。最悪俺に食わされたとでも言っときゃいいよ」
その気遣いに、ありがたやーと感激した現人神達。
神々と同じ食事が食べられるという僥倖にみんなで浴しようと、配られた食べ物を少しずつ分け合い、なんと800万人にヨモツヘグイがいきわたったのである。
奪い合えば足りないし、譲り合えばいきわたる――いい言葉である。
そんなこんなで皮肉にも、現人神候補生800万人がラグナロクに巻き込まれることが確定してしまった。
奇しくもヤマトタケルが言ったとおりに、イザナギは相変わらず無意識にひっかきまわすのが得意な御仁だったのだ!
そう、たとえ計画通りにすすんでも、なんでもかんでも思い通りになるわけない。当たり前だよなぁ(哀)
さてどうする、ヤマトタケル。
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